本

『吉村昭の平家物語』

ホンとの本

『吉村昭の平家物語』
吉村昭
講談社文庫
\940+
2008.3.

 実はこれを電子書籍で購入して読んだのだが、ここでは文庫においてご紹介しておくことにする。
 テレビアニメ「平家物語」が2022年に始まり、第11話の「壇ノ浦」で幕を閉じた。京都アニメーションのすぐれた作品を送り出した人の作品だけあって、美しさや心情の描き方など、絶品であった。独自の構成も非常に効果的であったし、絶品だったと言えよう。
 それで、やはり「平家物語」を読んでみたくなるわけである。
 とはいえ、大部のもの、しかも古文でというのは恐らく現実的ではない。中高の教科書で出会ったいくつかの場面は覚えているし、おおまかに捉えた粗筋を知らないはずはない。だからアニメで、敦盛が美少年エリートとして登場したその瞬間から、涙が出て来たほどだ。俊寛の登場に、あの地団駄の場面が浮かんでもくる。だが、そうした点を線でつないでみたいと思ったのである。そこで見出したのが本書であった。
 少年少女向け、のような紹介の仕方かもあるが、これはとても子どもには見せられない。なんと血生臭いものであろうか。いったい何人の首が斬られたであろうか。とにかくすぐに首を斬る。その首をさらし首にするという有様は知っていたが、懐に入れて運ぶといった場面は想像するだけでおぞましい。
 いや、言葉にするというのは不思議なもので、それだけ書かれてあっても、そこには流れる血というものに触れられない。血を描かないので、不思議と、慣れてくる。頭の中で血を想像したときにだけ、読者は生々しく胸がどよどよするのかもしれない。ただ聞いているだけでは、よよと泣くくらいのもので終わるかもしれないし、そもそも何も感じず、ただストーリーを追うだけで、感情をストップさせてしまうことになるのかもしれない。
 もとよりこれは歴史書ではない。歴史小説となら呼んでもよいであろう。史実と異なるものがたくさんあるだろうし、描かれた人物像も、真実とは異なるかもしれない。平家に命だけは助けられた頼朝が義理堅いような顔を見せておきながら、容赦なく平家の残党を刈るところや、自分ではなにひとつ戦うことのないままに義経に労苦させておいて、ちょっとした陰口で義経を謀反人のように見なし討伐に向かうなど、人間的には認めたくないタイプではあるが、そうした精神でなければ、歴史に名を刻む地位には就けなかったのだろうというのも、妙に肯いてしまうものである。
 それにしても、アニメは良かった。有名どころの場面を、簡単にではあってもうまく描いており、わくわくした。「義経の八艘飛び」は一艘に過ぎないが、それもあった。那須与一もその辺りである。清盛の発熱がまたアニメらしく描かれていた。
 アニメでは、徳子が中心人物に置かれているように見えた。すると本書で読んだときにも、徳子、すなわち建礼門院と呼ばれ続けている女性が、最後の場面を飾ることで、もしかするとこのシーンにより、徳子をアニメの中心に据えたのではないかと想像もしてみた。きっとそうではないとは思うが。
 後白河法皇が大原に、建礼門院を訪ねる。アニメはそれがラストシーンとなった。そして、「祈り」に包まれた作品にしていた。
 だが、「平家物語」のほうに、「祈り」は見られない。あるのは、首を斬られる直前や、海に飛び込む覚悟を決めたときに、西を拝し念仏を唱えるということである。来世で会おうというような思いもあるし、極楽往生を求めることからのものではあるだろうが、さて、これを「祈り」と言ってよいのかどうか。そこは、現代的な解釈であったように見えた。
 また、アニメではもうひとつ「ゆるし」が隠れた要点であった。徳子が夫の高倉天皇の冷たい仕打ちに対して、ゆるしを口にする。ゆるしと祈りとがその中で一体となってゆく。これが原作にあったようには思われない。
 本ではなく、アニメの談義になってしまった。本は、ダイジェスト版であるとはいえ、場面をカットはしていない。物語が急テンポで展開していくけれども、完全に吹っ飛ばしたものはないらしい。文章は平易で、たいへん読みやすい。そこは筆者の腕であろう。人物が非常に多いために、時折困惑するということはあるだろうが、適宜説明を入れてくれているので、親切さはあると思う。章毎に語の注釈も入っており、よい解説がなされている。解説を章末ではなく、その行間に組み込んだほうが理解は早かっただろうとは思うが、話のテンポを崩さずに読ませるには、これでよかったのかもしれない。
 アニメが原作として置いた「平家物語」は、本書ではない。古川日出男訳である。これは、訳というよりも、説明をふんだんに取り入れた教科書ガイドのようなものであるらしい。機会があればこれにも触れてみたい気がする。
 益々、本書の感想から離れていってしまった。申し訳ない。これは飾らずに言うが、私は本書に満足である。




Takapan
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