本

『こころに効く小説の書き方』

ホンとの本

『こころに効く小説の書き方』
三田誠広
光文社
\1400+
2004.4.

 かなり新しい風を吹かせたような、『僕って何』で芥川賞を受賞してから、なんともう40年以上も経っていると気づいて、いま愕然としている。その後大学で小説創作の演習を担当するなどし、その成果というわけではないかもしれないが、その経験を基に、小説の書き方について本を出している。それらは、ほんとうに入門的なレベルのものから、実際にデビューすることを想定したものまでを2冊で描いていた。今回、それらをある程度統合しつつ、しかし小説とは何かというあたりを考えながら書く、やや高度な世界に触れているのだという。
 私はこれらのうち、まず本書を手に取ったのであった。
 それは、ともすれば精神論だとも言われそうなあたりまで、心の持ちようが重視してあるように思えた。
 そもそも小説を何故書こうと考えたのか。ではどんな小説があるか知っていますか。何を書くか、どう書くか。生きることを描くのか、そこで実存というキーワード。キャラクターを設定すればあとはキャラが動いてくれる。ヤマ場を先に決めないほうがいいと思う。新しいものを示す小説でなければ存在理由がない。カフカの手法はヒントになる。作家で食っていくというのは難しいことだよ。
 いくつかの論点を勝手に拾うと、こんなふうだ。呼びかけるように話し言葉で書かれているのは、講義でそうだったということなのかもしれませんが、優しい印象を与え、読者は安心して読むことができる。
 著者自身の体験や、かつて考えていたことなどを踏まえて、ほんとうによく語り聴かせるように記されていると思う。大学の講義そのものと言ってもよい。ということは、妙にきりりとまとめたものというよりは、時間をかけて全編を辿ることで初めて何かが見えてくるのではないか、ということである。
 多くの文学者を実例に出して、いろいろな形で紹介してくれる。著者の年代からくるものでもあるだろう、かなり正統派の文学者の名前が並ぶ。新しいタイプというよりは、かつて文学者として教科書で見たような人ばかりが並んでいる。さて、こうした堂々たるスタイルの引用や紹介が、今どきの学生にどのように響いたか、そこがやけに気になる。  しかし、ここで小説というのは、いうなれば純文学に傾いたもののことを言っているのであって、他のものが触れられていないとは言わないが、全体として、純文学に含められるようなものを書こうとしているケースを思い描いているのではないかという気がする。実に様々な分野やスタイルの小説を単純に「書き方」などとして挙げることは不可能なのである。
 通して読めば、心に響くところがあるはずだ。少なくとも小説を書くという体験をもった人ならば、何かしらひっかかるところがあると思う。もちろん、筆者の意見に賛成するしないは別である。筆者が楽しそうに語っていても、そうじゃないよね、と呟くのも自由である。人それぞれ体験が違うのだから、小説というものはかくあるべきだ、と決まっているわけではない。また、そのようにひっかかるということは、小説を書くのに向いているかもしれない。なんでも、ああそうですね、と寄り添うのは優しいかもしれないが、そんな気持ちで綴られる小説が、さて面白いかというと、そんなことはないだろう。お人好しはストーリーテラーにはなれない。手塚治虫のマンガにしても、実に残酷で、残念な対処をもする。もっと生かしておいてほしかった、という気持ちが沸々と湧いてくる。でもそれだからこそ、人生とは何だという疑問も湧いてくるし、問いが投げかけられていると感じる。自分ならどうするのか、と立ち止まって考えはじめる。
 本書もまた、様々な知恵が紹介されていると思うが、まずは聞くことだ。聞けば、それに反対するにしても、何かが始まる。つまらないから無視するとか、評価しないとか言っているのはカッコイイように見えるかもしれないが、著者の問いから逃げているだけなのかもしれない。確かに、釘刺しておくべきことというものはあるものだ。独り善がりで調子に乗ることから、戒めを与え、ブレーキをかけてくれる。本書はそういうたくさんの知恵の言葉に満ちている。
 難点は、それが系統立てて記されていないことだ。恰も本書がひとつの小説であるかのように、この海に一度飛び込んで地道に泳いでいく旅をしばらく続ける中で、読者たる自分は成長していくということになる。小説の書き方自体、システマチックに構築されるものではなく、小説をたどり刺激を受け、変化を遂げるという過程を経る必要がある学びであったということなのかもしれない。だからまず、書き始めることだ。そして時々、こうした指南に目を通してみることだ。途中で、自分の誤りに気づくかもしれないのだから。




Takapan
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