本

『博多のくらし』

ホンとの本

『博多のくらし』
森弘子
海鳥社
\1700+
2023.10.

 著者を初めに明かしておくと、石村萬盛堂の2代目の二女である。太宰府天満宮の文化研究所に勤め、太宰府についての著作が何冊かある。太宰府の文化を守るための様々な社会的活動を続け、大学でも研究と教育を務めた。
 ここにあるのは、エッセイの塊であるが、博多のくらしを実によく描いている。基より、それは個人の感想である。学術的な記録ではないし、客観的にどうだろうと思われることもあるかもしれない。しかし、歴史は客観によって成立しているのではないだろう。人の生きた道、人を生かしてきた環境は、その人にとってのかけがえのない真実である。確かに博多で生きてきた人がここにいる。そして、昔の風習やくらしを生きてきた。その体験や思い出を語る場が、果たして世間にどのくらいあっただろうか。
 私自身は博多ではない。福岡である。が、叔父はずっと博多で暮らしてきた。博多の職人である。博多の風習そのものを私受け継ぐ者ではないが、生活の端々に博多らしいものがあり、それへの理解や郷愁も覚える。
 だから「おきゅうと」への思いも一入だ。本書でも触れられるが、著者はカタカナで「オキュウト」と記す。古い文献には、それは毒がある、などとも書いてあるといい、さすがに著者も驚く。おきゅうとについて、これほど詳しく、また愛着をこめて書いてある文章というものを、私はこれまで見たことがない。
 このような項目が20余りある本書だが、特筆すべきは、「注」である。ひとつのエッセイ毎にまとめられているが、本文の中に入れると読む勢いを殺ぐものとして、後に置かれているのだと思う。これが、相当に学術的で詳しいのである。本文で触れたことについての根拠や歴史が繙かれ、登場した人物の来歴を教えてくれる。そこにあるのは、著者の体験ではない場合もあるから、そういう知識的なものを揃えた、と言うこともできるだろう。そして、そこが学者としての著者の真骨頂であるのかもしれない。ありがたい資料である。
 だが、やはり生々しい本文こそ尊い。少しは私も知っていることはあるが、殆どは分からない。博多で暮らしていないためだ。著者自身の生い立ちを書くのも、そこで見たこと聞いたことが、そのまま博多の歴史となり、博多のくらしの説明になるからだ。その後、博多らしい話題が続く。「どんたく」が本来どうだったか、恐らく著者自身も体験していない歴史をも持ち出すが、できる限り分かりやすいように、と写真や資料をも提供してくれる。そう、「どんたく」には「博多松囃子」という本体があって、いまの市民の祭りとなった時代でも、これを欠かすことができないのだ。ちょうど、オリンピックの選手入場で、つねにギリシアの選手が先頭に立つように。
 もちろん、山笠(かさ)についてはかなり詳しく項目を増やして説いている。やはりそこでは、「不浄の者立ち入るべきらず」が際立っているだろうか。当然それは女性のことだ、といまでも多くの人が了解している。しかし当の女性たちは、「私たちゃあ、不浄のもんやら思うとらんめーもん」と涼しい顔をしている。そこを、女性である著者も感嘆と共に強調する。
 なお、所々こうした台詞が本分に混じるのであるが、すべて括弧の中に標準語訳がついているので、地元でない方も困ることなく読み進めることができる。よい配慮だ。
 さすがに博多での生活の経験がないものだから、私も「いけどうろう」は知らなかった。子どもたちの夏祭りのひとつである。京都で言えば地蔵盆のような位置づけになるのだろうか。
 博多がうどんの発祥の地であることはよく知られるようになったが、「饂飩と蕎麦と饅頭と、そして素麺」の項目は、もう読んでいるだけで腹が減ってくる。その歴史も、実に詳しく書いてあるし、なにぶんダシの取り方など、貴重な記録であるのではないか。そして「ういろう伝来之地」なる碑があることも知らなかった。
 最後のほうには、正月の迎え方やお節や雑煮などの話が並ぶ。鰤を載せることで有名だが、元来は違ったのだという。商家では、味噌仕立てだった、などと聞くと、驚愕してしまうが、歴史は歴史である。そのレシピまで紹介されているから、本書の資料としての価値も高い。
 最後は、本書のカバー絵について綴られている。それは西島伊三雄さんの手によるものであるとして、伊三雄さんとの関係が語られている。博多の子どもたちの絵で有名な伊三雄さんだが、これはペン画であり、たいへん珍しいと思う。それを採用したのは、描かれている場面が、自分と深い縁があるからなのだそうだ。そうした話は、まさに生きた人の心を伝える。近ごろ亡くなった弟さんのことに触れて、本書は結ばれる。しっとりとした思いが、読後感に残るのだった。




Takapan
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