本

『ウチの母が宗教にハマりまして。』

ホンとの本

『ウチの母が宗教にハマりまして。』
藤野美奈子
KKベストセラーズ
\999
2013.11.

 テレビドラマや映画にもなった『ツレがうつになりまして。』に似た響きのタイトルである。が、たぶん関係はないだろう。作者についてもあまり存じ上げないので、無責任なことは申し上げられないが。
 タイトルの「宗教」は、「新宗教」のことである。一般には「新興宗教」と呼ばれているが、明治維新の頃の宗教勃興に加え、第二次大戦後のブームもあり、あるいはまたその後カルト宗教などと呼ばれる集団が社会問題となっていく図式もあり、本書内で、むやみに「新興宗教」と呼ぶのは差別的でもあるように触れられている。
 ともかく日本人は宗教と呼ばれるものに警戒心を抱く、という前提がこの本のタイトルに込められている。また、そのときの「宗教」はえてしてその手の、没頭して社会生活に支障が生じるような、どこか自分本位の世界観に浸っていくものがイメージされているようにも見える。およそ宗教ということに深く入った経験のない人は、これを外から見ているわけで、気味悪がるというのは本当だろう。そして入った人は、どうしてこのような素晴らしい経験を疎んじるのか理解できないようになっていくし、また、見下すようにすらなる場合があるだろう。「ハマる」というのはそういう「困った」状態になることを指すものと思われる。だから、本のタイトルだけで、様々な前提が窺えるのである。
 前半は、いくつかの「ありがちな」出来事をマンガ化している。素直に笑えるものもあるが、これは問題提起のように見たほうがよいだろう。こうした微妙な問題を扱う以上、素人の思い込みで笑い飛ばしてよいわけではないので、この本の企画には、島田裕巳元教授の監修を仰いでいる。この教授は、キリスト教については偏見を持っているようだが、一応宗教学研究を職としているので、とくにカルト宗教などについてはいろいろな経験を含め知識があるため、宗教についてそれ相応の注釈が本には入っている。その中に、カルト宗教についてのひとつの定義が与えられており、社会的な観点からであるが、参考になった。ただ、「基本的人権」を守るか否かでの線引はいかにも現代的であり、現代社会においてのひとつの基準ではあるだろうが、果たして根源的にどうであるかはまだ検討の余地があるであろう。
 後半は、作者の体験である。その母親を扱っており、当然母親の了承を得てのことだろうと思うが、実話でもあるわけで、家族だからこそ描けたという側面があることは否めない。その意味では、よくぞその生活の中を紹介してくれた、と感心すべきだろう。そこには、宗教にハマっている人への軽蔑があるのでなく、家族愛が流れている。そのバランスが、理屈っぽいと自認する作者に、心情的に許している空気がよく伝わってくる。また、はっきりとものが言えるというのも確かであろう。その意味で、やはりここに紹介された生活風景は、貴重な証言と言えるだろうと思われる。
 特徴的なことには、この後半の作者の体験話については、監修者が姿を消していることである。もちろん見てくれてはいるだろうが、監修者の解説は前半で終わり、作者の家族の世界に没入することになる。
 また、事後どうであるかは巻末の「おわりに」に記されているが、理性で考えるタイプの作者が、宗教にハマっている母親に対して、実のところ明確な立場を表明できないという様子が窺えた。もちろんそれは、作者も同様に信じたという意味ではない。ただ、理屈っぽいと自称する作者自身、実のところ拠るところがないのだということが伝わってくるわけである。
 宗教絡みで問題を抱える家庭でも、できればそのような穏やかさで対処できたらよいのだろう。幸い、作者の母親の場合、暴利をむさぼるシステムをもつタイプの宗教団体ではなさそうであり、また、反社会的な部分をもつようなタイプでもなさそうである。いくらかの出費はあったがほぼ形式的なものであり、毎日欠かさず墓地に足を運ぶという熱心さが信仰生活を支えており、そういう母の祈りによって自分も守られているかのような感覚を作者は覚えているといえる。そこが、作者自身、否定できない何かを抱かせているのだろうとも思われる。
 その点、冒頭に名前の点で触れた『ツレがうつになりまして。』は、作者がカトリック信者であるため、弱い人間であるとはいえ一つの芯はあるわけで、確固とした足場を基に、夫を支える妻の安定した立場というものが感じられる。その点、本書は情緒的であり、この本から、カルト宗教への対処の仕方を学ぶことはあまり期待できないし、そうしたことを目的としている本てもないと言えるだろう。しかし、その故にまた、安心してこの問題に触れることもできと思われる。ここから先は、読者自身が考えていくのである。しかも、「宗教」というだけで引くのでなく、自分にも何か関係したことなのだという捉え方が必要になっていくような気もする。
 しかし、宗教ということに頭でっかちになるのも、あまり安全策ではないと私は感じている。納得してしまうと、今度は盲目的に邁進してしまうかもしれないからである。監修者の解説はなかなかためになるので、マンガという読みやすい形で親しむところから、さらに広い視野を得るために考えを深めていったらよいのではないか、とも思った。




Takapan
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