本

『母なる大地』

ホンとの本

『母なる大地』
柳澤桂子
新潮文庫
\400+
2006.7.

 生命科学者として有名な著者であり、多くの本を書いたエッセイストとしてもよく知られている。原因不明の病気と闘いつつ執筆活動を続けている。本書はもともと2004年に出版されたもので、当時の環境事情に基づく叙述が多々ある。そのため資料としてはその後の展開を改めて調べる必要があるとは思う。原子力発電については、東日本大震災の影響で大きく変わった点もある。しかし、その背後にある政府の考えや思惑というものが変化しているとは言えないだろうし、電気に関する私たちの認識も改まっているとは思えない。
 原子力発電についての話題は本書の終わりのほうではあるが、触れた機会に先に見ておこう。著者の意見ははっきりしている。危険を伴うものであり、反対だという意見である。そこには、経済的事情がどうのというような議論は一切無い。科学的観点からである。それはそれでよいと思う。あれこれ気にして譲歩しながらというよりも、とにかくひとつはっきり確実な理屈を一本筋をつけて述べるということは、大切なことだろうと思うのだ。
 私にとり、これまであまり気づいていなかったことと言えば、原子力発電は、いわば多めに発電しているということだった。発電量の調節が容易にできないために、基本的にピーク時を基準に発電している。そのため、電力消費が少ない時期でも、比較的多く生み出している。となると、それが無駄にされないためにも、電気を大いに消費してもらわなくてはならない。そのために生活が電化されるのがスマートであるようなイメージをアピールし、自動販売機でも何でも明々と大量に電気を使う社会に仕向けていく必要があるのだというからくりである。東日本大震災のときに、節電が叫ばれたけれども、ほんの一時的なことに過ぎなかった。本書はこの福島の原発事故については知らない中で書かれており、原発事故としてはスリーマイル島とチェルノブイリがメインである。が、福島の事故も加えたら、もう著者の考えの前にひれ伏すしかないのではないか、というくらいに、易しいけれどもきっぱりと述べてある。もんじゅの事故にも触れてあるが、使用済み核燃料の再処理からプルトニウムを取り出す仕組みについての説明は、非常に分かりやすく、こうした理解が一般的にもっと広まらねばならないという思いに満たされる。多くの場合、誰しも自分の財布の計算しかしていないのだ。
 本書は「土地」ではなく「土壌」の話から始まる。大地を生命の土台として捉える見方だ。森林の大切さや農薬の怖さを、一つひとつの事実から説き明かす。次に、目が大気へ向かう。オゾン層の話である。そして地球温暖化のことであるが、こうした点は最近の小学生にも十分伝わっている。しかし、どうにかして経済発展を優先させようとする人々は、こうした問題に関する予測は虚偽であるというキャンペーンを施す。もしそうした声が強くなっても、著者の声は、重く静かに響き続ける。
 食糧危機は、社会の歪みにも基づく点があるけれども、それを補うために遺伝子組換え作物が開発された。その構造を、これほど簡単に紹介してくれた文章を私はかつて知らない。簡単だが、いきいきとその内容が把握できるのだ。
 化学物質にあるプラスチックの説明もそうだった。また、汚れを落とす仕組みについても、恥ずかしながらこのような優れた説明に触れて感動するばかりであった。つまり私のように、小中学生に理科の仕組みを説く者としては、こうした説明が望ましいことが、実によく分かるのである。このうち、ダイオキシンについては、近年言われなくなってきている。一時マスコミがセンセーショナルに報道し、色めいたが、その後静まっているために、実はあれは問題ではなかった、などと言いはじめる人もいる。変わったのは、ダイオキシンだけではなくなった、ということくらいであって、危険物質と騒ぐのが嘘だった、ということではないのではないか。
 そうして最後には原子力発電のことであったが、私たちが、構成のために何ができるかということについて考えなくなったとき、それが人類滅亡の時であるかもしれないと私は思う。滅亡は、ほんとうに人類が一人もいなくなるその時ではなく、未来を顧みなくなったその瞬間なのではないのか。ちょうど、永遠の命というものが、時間的に永続するものとなるばかりでなく、いまこのときが永遠でありうるのと同じように。
 解説者の山下惣一氏が最後に繰り返しているように、著者の叫びは、その本文の最後のところに凝縮している。それを全部ここで公開してしまうよりは、皆さまがそれぞれにじっくり本書で味わって戴くほうがよい。ただ「質素に暮らすこと」というひとつの提案は、可能な限り分かりやすい、ひとつのかけ声であるのではないかと思う。心にブレーキをかけることは、少しの意識だけでも、できるだろうからである。




Takapan
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