本

『いつのまにか、ギターと』

ホンとの本

『いつのまにか、ギターと』
村治佳織
主婦と生活社
\1500+
2020.1.

 天才少女と有名になったギタリストも、齢40を過ぎた。しかしギターの魅力を人々に伝えるその指は、変わらず、あるいはかつて以上に、輝いている。マスコミによく顔を出す、というほどのことではないが、そこそこ姿を見せてくれてもおり、根強いファンが多い。その村治佳織さんが、初めてエッセイ集を出版した。
 読んで驚くのは、文章が巧いことと、気取らない上での品格があるということだ。一読で、情況やその思いが分かると言っていい。エッセイとしての質も素晴らしいと感じた。
 二つほど対談があり、ひとつは学校時代の旧友との語らい、もうひとつは長いつきあいの岡田太郎さんとのもの。どちらもまた味がある。
 エッセイであるから、思い出すことを、必ずしも時間順にではなく、思いつくままに並べているような雰囲気でもある。しかしある程度のテーマはあり、第一幕は「ギターのこと 音楽のこと」と、自分のギターに対する思いやこれまでしてきたこと、その背景などを綴ってくれる。考えてみればコンサートの曲目にしても、何かしら決まった順序や規則に従って並んでいるのでもなく、何かしら伝えたい思いに沿って、あちらこちらから切り取りつつ、それでも何らかのテーマを感じさせるように進めていくものであろう。短いエッセイが次々と展開するので、読むほうも厭きることがないし、短い時間に少し読んでまた閉じておく、というような読み方もできる。
 実際、本の進行が、次は何々です、と逐一言うわけではないにしても、ひとつのコンサートのように、次々と演目が示されるかのように展開していく趣があった。そう、これはひとつのコンサートなのである。文章によって奏でられる、コンサートに出席させてもらった。そんな爽やかな喜びと、よし自分も頑張ろうと思わせてくれるひととき、それを与えてくれる本ではなかったかと思う。そのことは、実は「まえがきにかえて」という、幕開けのアナウンスで実はちゃんと言われていた。「いつものようにギターで奏でる音ではなく、言葉で、文字で、私の思いがどうやって皆さんの心に届くのか――。書いた者として、心からワクワクしています。」そして少し間を置いてこの文章が閉じられるときに、「それでは、始まりです。」と結ばれて、本編が始まる。まことに心憎い。
 第二のテーマは「日々のこと 好きなもののこと」、そして第三は「大切なこと 生きるということ」である。いろいろとナーバスな話題にも触れられた。私生活については殆ど知られていないのだが、生活や健康について苦労があったことが、さりげなく書かれている。実際大変だっただろうと思われるが、読む者に決して嫌悪感を抱かせない術を心得ていると思った。その辺りも巧い。重い内容が、こんなにも爽やかに伝えられるのだということを学んだような気がする。
 右手の一種の麻痺のような経験が複数回あったという。実はわが家でも少し似た状況の配偶者がいる。村治さんの治療とはまた違うが、同じ栄養剤を使っていることが分かって、なるほどとも思った。女性によく起こる症状のつながりであるようで、手が動かなくなること、痛みが伴うということは、人生そのものを暗くさせる要因となるものである。ましてギタリストにとり指が動かないというのはすべての終わりのような絶望感に苛まれたことだろうと推測する。しかし、そんな深刻さを文章は少しも感じさせない。感じさせないからこそ、想像するこちらは心配する。ほんとうにそれだけでも大変だったことだろうと思う。
 そして先に触れた「重い内容」は、さらにそれよりも大変なことだったのだ。
 巻末の「あとがきにかえて」は、そのコンサートの舞台での最後の挨拶ということになるだろうが、ここでもまた爽やかなエピソードが告げられ、「いつかまた、言葉の世界で皆さんとお会いできたらいいな、と思います。」と結ばれている。万雷の拍手が聞こえてきそうである。きっとまた、会えるだろう。ひとつめに出し切った観がないわけではないが、これは本当にステキな一冊だった。写真も多く挟まれており、価格もよくぞこれで済ませられたと驚きである。次の書籍コンサートもまた、見に行きます。




Takapan
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