本

『グリーン・グリーン 新米教師二年目の試練』

ホンとの本

あさのあつこ
徳間書店
\1700+
2018.9.

 青春を描く名手と言ってよいであろう著書の新しい本が図書館に来ていた。借りた理由は、実はそこにはない。フィクションに手を出すともうどうしようもなく読書対象が増えるので、よほど何かの理由がなければ文学作品は選ばないように戒めているのであったが、この本はすぐに手に取った。何故かというと、表紙にぶたのイラストがあったからである。しかも、ちょっとだけリアルでなかなか可愛い。いわゆる鼻を強調した丸い顔のぶたというのが私は苦手である。ぶたの顔は細長い。そして、実のところそんなに鼻も大きくはない。本書の表紙のぶたは、顔はややまるいが、よりリアルなぶたとなっていた。このようにぶたを描いている絵は、誠実だと思う。これが理由で借りたのである。もちろん、頭のすみに「あさのあつこ」という名前はあったけれども。
 新米教師二年目の試練、それが副題のようだ。翠川真緑(みどりかわ・みどり)という若い女性教師が主人公である。この妙な名前の故に、書名がグリーン・グリーンとなっている。舞台の高校でも、そのような意味でニックネームがついていたことが描かれている。
 舞台は農業高校。林業もある。いまとなっては珍しい高校だと言えるが、日本の森林面積に触れられて、それが廃れていくことについての批評のように読めないこともない箇所もあった。ひとの食や住などを支える産業が如何に軽く見られているか、華やかなITやファッションばかりがもてはやされる世の中でよいのかどうか、何もそんなことが言いたい小説ではないのであるが、私には響いて仕方がなかった。
 登場人物の一人ひとりも魅力的である。それはやはり作者の腕とも言えるだろう。農業高校という舞台は時折よい作品の中に見受けられるが、今回もその生き物との触れあいの中でいろいろ考えさせられることが多かった。
 表紙のぶたもそうだが、基本的に食肉扱いをするのが私たち人間である。そして主人公も告白しているように、動物の肉をふだん食べているくせに、その動物が殺されてこそそうなったのだということ、つまり殺す人がいるという事実に気づかないふりをしている。私たちは死体の肉を食べているのだし、殺す人が陰にいるということである。今回の場面では鶏を絞めるところからスタートすることになるが、その生々しさというものについて、私たちはどれほどの意識をもっているものだろうか。さらに言えば、殺される動物たちに権利があるのか、といった問題まで実は思考の視野に入ってきて然るべきである。しかしそれは哲学的な探究あるいは宗教的な思考に関わってくるという意味で、この物語に触れてくる線ではないと思われる。それでも、生きるために私たちが肉を食うこと、その肉というのが、こうして育てられている鳥や獣であるという点は、目の当たりにしなければならないし、配慮というか、知識だけでももっているべきことのように思われる。
 肉をよくするために、こぶたは去勢をするという。その去勢作業を主人公の真緑は体験する。その描写も、よくぞ調べ、あるいは体験されて作者は描いたものだと思う。もちろん、それは、当の仕事に携わっている人には日常的であまりにも当たり前であることだろう。しかし、文学作品の舞台の中で真正面から描くということは、きっと大きな影響を与えうるものなのだ。物語を受けとめる中で、否応なく入り込んでくるからだ。
 物語は、動物問題に関わるものではない。途中からそのような風景が影を潜め、一気に人間心理に突入していく。最後に申し訳に、ぶたのことが出てくるのだが、やはり後半は農業高校であってもなくてもよいような、田舎の出来事と人間関係からくる心理のぶつかり合い、あるいは物語展開の中で伏せられていた謎解きのようなことばかりになってしまう。それはそれでよいのだろうが、途中からのカラーのあまりにも大きな変化に、もしかすると別物語りになってしまったのかと思ってしまうほどだった。
 その内容についてここで触れるわけにはゆかない。また、最後に起こった大きな事件の結末も、本編ではどうなったか全く分からない。読者をはらはらさせておき、ぷつんと切って終わっている。となると、これはまだ続く物語であるかと思われる。そこで最後に私が知ってしまったと思ったのは、実はこの本自体、前作の続きであったということだ。それを感じさせないほど、独立した面白い始まりであり展開であったのだが、そうか、ここに二年目ということが言われているということは、一年目の時があったのであり、その一年目を描いた作品が先立って成立していたということだという当たり前かもしれないことに、ようやくこれを全部読んだ上で知ったのだ。だからまた三作目がこれから書かれるとあっても、驚くには当たらない。
 魅力的なキャラクターの創作は、次々と物語を生産するための秘訣であるともいう。未熟で都会育ちの真緑は、この巻で新しい恋愛への道も生まれている。まだまだ物語は続くであろう。楽しみである。
 ところで表紙のぶたの魅力であるが、この真緑、ぶたと話ができるのだそうだ。何頭かいる中で一頭だけだが、時折対話をしている。それが真緑の心の中だけでの出来事であるのかどうか、それは私たちが想像するかもしれないが、物語の中ではそのように突き放してはならない。確かに話している。それが、物語の展開に方向性を与えたり、また、出来事の意味を説明したりするものとなっている。
 だからやっぱり、ぶた好きにとり、魅力的な作品となっていると言えるのだろうとも思う。




Takapan
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