本

『人体の限界』

ホンとの本

『人体の限界』
山ア昌廣
SBクリエイティブ
\1000+
2018.3.

 新書だが中身が濃い。「人はどこまで耐えられるのか」「人の能力はどこまで伸ばせるのか」とあり、限度はどういうところにあるのかを数値データで紹介した本、とすればそれだけのものである。だが、ただの医師や医学研究者による著書というよりは、スポーツ科学をエリアとしている著者故に、健康や人体構造だけに留まらず、体力や運動技術の限界についても多く語られている点が、興味を惹く。
 用語のゴシックはもちろんのことだが、黒のほかにエメラルドグリーンを用いただけであってももう一色あるということで、かなり見やすい本となっている。文字も小さく、情報量が多い。
 なにより、その内容が面白い。文章も長けている。そして、「限界」をうたったタイトルではあるが、ともすれば健康についての話題に安易に出て来る事柄の、簡潔で分かりやすい解説として受け止めたほうがよいような気がする。つまり、テレビや週刊誌で健康の話題を出してくるのは、それだけ人々が健康に関心があるからなのであるが、その根拠がどれだけ説明されているかは疑問である。確かに専門家が解説をする番組も多い。しかし、時間的な都合もあるし、画的にどうか、面白みをもたせられるかという、視聴率に関する掟に従い、難しい話を展開することはできない。つまり、何々がよいらしい、とか、何々するのが正解です、とかは言い切るのであるが、それがどうしてなのか、またどういうふうに注意して適用すべきであるのか、必ずしも適切に紹介しているとは私には思えない。
 その点、本書は時折かなり高度な解説が施される。もちろん、それは高校の生物の授業程度のものである。その上で、世界保健機関の定義だとか、日本での規準だとかいって、現実の制度的な事柄を含め、実際社会生活を営む上での理解すべき事柄がうまく説明されている。また、著者独自の意見については、それと分かるような言い方をしているので、読者がそれぞれにじっくり受け止めて考えなければならない点ははっきりしている。その意味でも良心的な著者の書きぶりなのだ。
 医学的データも必要に応じて紹介され、説得力がある。ちょっとだけ知識をかじった私のような者にとり、たいへん読みやすいものだと感じた。
 能力の限界というと、やはり神経機能から始まるのがよかったと思うが、次に運動機能でスポーツ科学の分野が楽しく語られ、それから心理機能とくるから、脳科学に基づく心と呼ばれる内容についてもふんだんに説明が施されている。それから代謝機能で糖質制限などいま世で大いに関心を呼んでいることが説明され、最後に廊下や寿命から熱中症などまで、適応機能がまとめられている。
 本のサイズとしても、新書であり、文庫より少し大きいかなという程度で手軽に手に取りやすい。その中でこれだけの内容を分かりやすく伝えてくれるのだから、重宝しそうだ。全体的に、最新の学説や基準によってまとめられているため、かつての医学や健康の常識に囚われずに、研究結果が活かされた新しい考え方が行き渡っているように感じた。メカニズムの説明も必要最低限の詳しさで、嫌味がない。統計資料も駆使して、必ずしも理念的に説かれるだけではない。
 具体的には、それぞれの読者の関心に沿って開いてみることをお勧めする。私は睡眠のところで、やはりこれではいかんのだという思いに包まれた。その上で、日本人が世界的に見て睡眠が少ないということも思い知らされた。文化的な事柄にも言及することがあるので、幅広い関心を伴って読者の心にはたらきかけるあたり、これは文章を書く身においても、大いに参考になるものだと喜んで読んだものである。健康情報は、様々な立場や研究成果もあり、反対意見のある説もここには紹介されていることかと思うが、たとえば健康診断の結果を読み取るためにも、分かりやすい解説がしてあるものだと有難く思ったのであった。




Takapan
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