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『源氏物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』

ホンとの本

『源氏物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』
紫式部
角川書店編
角川学芸出版
\952+
2001.11.

 角川ソフィア文庫の一貫である。これが岩波文庫であったら、ひたすらに原典を載せて販売、ということになるのだが、角川文庫は同じ古典の紹介でもひと味違う。確かに原典があれば研究者や学習者には貴重である。しかし、多くの読者は、古典に関心をもった場合、古典文法書を片手に辞書を引き引き読みたいとは考えていない。だが、どんな内容なのか知りたい、と考える人はいるだろう。私もその一人だ。
 もちろん高校の授業では学んだ。テストに出たという意味もあるだろうが、それなりに心に残っている。しかし部分的な箇所でしかないので、源氏物語がとても中学生の古文の授業には使えない内容であるというような当たり前のことも、果たして当時気づいていたかどうか。
 つまりは、源氏物語について全体像を知りたいのである。かといって、本の販促に用いるような、ちょっとしたPR文句というものではつまらない。何か内容に触れつつ、外国語的な接し方をしたいとまでは思えないのである。
 そのために、現代語訳というものも何種類も出ている。格調高いものももちろんあるし、ラフなものもある。全訳もあるし、抄訳もある。そう、抄訳でもいい。『失われた時を求めて』もまた抄訳がある。だが、だがである。この失われた……は抄訳であっても、百科事典のように分厚い。源氏物語も、抄訳でどこを抜くかも問題だが、やはり相当な分量になるであろう。それに、抄訳であったところで、当然物品だのしきたりだの、様々な注釈にまみれることは目に見えている。注釈だらけの訳というものは、読み進めるというものではない。もたもたしているうちに、ストレスばかりが溜まっていきかねない。
 もっと手軽に、一読すればストーリーが伝わってくるように、そしてできれば現代的な意識から共感を募るような恰好で、内容を流し読みすることはできないか、そんな気持ちになるのは、知識好奇心をもつ、比較的多くの人に共通な声ではなかっただろうか。恐らくそういうコンセプトである。ビギナーズ・クラシックスのシリーズは好評のようで、多くの古典がこのようにして、私たちの心にどんどん古典が注がれるようにするのに貢献している。
 諸資料を含めて、500頁。だが私は、思い切って原文を見ずに読み進んだ。とにかく54巻、各巻一箇所でも必ず触れて、物語を辿っていく。巻名の謂われが紹介され、その巻のあらすじがざっくりと短く語られる。そしてハイライト箇所の訳が挙げられ、その原文が続く。そして、その箇所についてのコメントが現代的視点から述べられ、時に古典アイテムの解説が加わる。細かな文法への言及は全くない。内容本意である。これで安心して、源氏物語を愉しめる、という具合である。
 扉にある、その巻の登場人物の推定年齢が、実にいい。この年齢だからこんなことを言っているのか、まさかこんな年齢で、のように、実感をもって味わうことができる。
 私に言わせれば、文句のつけようのないまとめ方である。源氏物語絵巻などの図像や写真も時折入り、最後に詳しくまとめられた資料も必要十分である。つまり、文法に気を取られることが全くないままに、源氏物語を味わえる、優れた企画なのである。
 と、ここまで「ビギナーズ・クラシックス」の紹介に終始してきた。肝腎の源氏物語はどうなんだ、と言われそうである。プレイボーイの源氏と、軽い女性の様子も、もはや当時の文化だとしか言えないだろうし、こいつらはどうやって生活できたんだろうというような怒りさえ感じながら読むしかなかったのだが、本当に平安時代というものは、私たちとつながりのない、外国文化なのだというふうにしか思えなかった。源氏の奔放ぶりも、やがて息子において因果なものとして受け継がれていく。なにも仏教思想があるわけではない。それでいて、出家するなど仏教文化を背景とする展開も用意されている。男女間の倫理にしても、当時の習慣や生活文化がそうだったとしか言えないのだろうが、心得ておくべきことは、これが実に人気のある物語であって、当時から爆発的に読まれたということである。天皇や藤原氏など男性読者も多々あったことが分かっている。トレンディドラマがもてはやされた時代があったが、そんな雰囲気に近いのだろうか。
 巻末には資料があるとお知らせしたが、その前に「解説」がある。短いが、源氏物語というものを知るのに、また作者について知るために、実によい解説となっている。学習者にも優れた紹介となっている。私は専門家ではないわりには、いくらかは古典の原典にも目を通してきた方であると思う。だが、このような企画は新鮮で実に気持ちがよいと感じた。今回は古書店で格安だったために手に入れたが、なかなか癖になりそうなシリーズである。




Takapan
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