『現代思想5月臨時増刊号2019総特集・現代思想43のキーワード』
青土社
\1500+
2019.4.
雑誌「現代思想」は、たいてい新発売のときに買うのだが、本書は発行後5年経ったときに購入した。バックナンバーで見つけて、読みたくなったのだ。
それと、こうした特集で持ち出す「キーワード」は、その当時に話題に上っていたもの、展開しつつあるものが選ばれると思われるのだが、確かに現代思想なるものは何十年という厚みをももつのであるにしろ、中には、その後5年で消える言葉もあるかもしれない、という事後検証ができるかもしれない、と思ったのである。
そんな偉そうなことをここでするつもりはないが、確かに43も選ばれた用語の中には、いま聞かないかな、と思われるものもあった。だかそれは私が知らないだけの話である、ということにしておきたい。私が知らないだけで、実は大問題として侃々諤々議論されていることであるかもしれないのである。
他方、いまも問題の最前線であるということも当然あるだろうし、解決できていないというケースも当然見られるはずである。しかしもしかすると、解決の方向に糸口が見つかったものもあるだろうか。あるいは、問題の展開が別方向に進んだり、より深刻になったり、というようなことはないだろうか。
これが、5年を経て見ることの愉しみである。案外、こうした古書で、いまや過去となった「現代」を検証するようなことも、大切なのかもしれない。もしかすると、重要な問題であるのに、その後全く省みる様子もなく放置されたままになっているものがあるかもしれないのである。
巻頭対談は、千葉雅也氏と松本卓也氏との対談が、「実在」概念を中心に展開していた。やはりそれは、当時のガブリエルの新実在論の流行が影響を与えているのではないか、と思われる。しかしまた、特に千葉雅也氏がその後現代哲学についての新書で大ヒットを飛ばしたことの、ひとつの前哨のような登場であった、というふうに捉えることもできるだろう。
その「新実在論」については項目の中でも取り上げられる。「反出生主義」は、その後だいぶ広く認められるようになり、大きな爪痕を遺していると言えるのではないか。やはりその論点で考察するものは、5年後にもよく見かけるからだ。
コンピュータ関係では、やはり「AI」は関心を集めるものだろう。だが、その後一人ひとりのスマホにもAIが組み込まれ、全員が気軽に使えるようになることは、ここでは検討されていない。当然である。すると、著作権などの法的な問題や、人間界の職業界の組み替えすら行われてゆくであろうこと、芸術とは何かが問われるようになることなど、実のところブレインそのものにまつわるこの問題は、様々な問題を巻き込んで、膨れ上がっていったことになるのではないか。
また、「ドローン」は一時もてはやされたほどには話題に上らないが、むしろ当然のものとして定着した、と見たほうがよいであろうか。しかしいま、ドローンの「視点」という問題は、表向き話題になっていないような気がする。人間がどこへでも行って・見ることができるという点は、「身体性」を欠くという点で、考察の余地がきっとあるのである。
「ポピュリズム」や「レイシズム」は、いまなお進展中の問題である。というより、益々暴走する一方ではないか、という気がする。日本だけの問題であるが、「天皇制」もそうだろう。世は少子高齢化社会や人口減少などといった深刻な問題を、もう何の手を下す勇気もないままに、やがて訪れる崩壊を待っているだけという国もある。地球環境問題やエネルギー問題もそうである。「人新世」は将来どう記録されるのか、あるいはそれを記録する歴史すらもう存在することができないような地球になってしまうのか、不安でしかないかもしれない。同様に「天皇制」もまた、民主主義時代の法にそぐわない制度であるほか、新制度では直系の子孫を保持することが殆ど不可能な、「Xデー」を待つだけとなっているところは、それを護りたい人たちにとっても、もう手を下すことができないようになっているのだろうか。
「アナキズム」となると、一部の論者がずっと議論を繰り返しているが、現実社会にどのようにアクセスして変えていけるのかどうか、また変えたことを迎え営むような「人々」がそこにいるのかどうか、よく分からない。「フェミニズム」は、これまでの歴史を振り返るような記録として、本書の記事は意義があった。そのように、これまでの歩みを押さえる、というのも、本書のひとつの功績だと言えるのではないだろうか。しかし、その「フェミニズム」が、いくつもの細かな種類に分けてカウントされて論じられているのは、さて、いまそこに関心が寄せられているのかどうか、これも私にはよく分からない。ただ、「フェミニズム」の精神が蔑ろにされてはならないことだけは、確かだと思う。
企業などの「ブラック化」や「セックスワーク」は、その後も問題意識が続いているのではないか。「ブラック化」のほうは、企業を中心にいくらかは改善したのではないか、とは思うが、そのためにまた、何か別のことを犠牲にしたり問題を生み出したりというような、別の大問題を潜めているかもしれない、という懸念は実はあるだろうと思う。
「スピリチュアル」は相変わらず存在し、ますます潜在化しているような気がする。面白かったのは「エモい」の発生が論じられていたことである。案外昔からあるのと、ニュアンスが変わってきたことなど、振り返ることの面白みを見せてもらえた。
何かと退屈しない本である。そして、いま読者自身が立つ場所というものについて、いっそう考えさせてくれるチャンスを与えてくれる本であった。

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か
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