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『「医療の未来」 現代思想02 2026vol.54-2』

ホンとの本

『「医療の未来」 現代思想02 2026vol.54-2』
青土社
\1800+
2026.2.

 時折買う『現代思想』誌ではあるが、大抵は、哲学か宗教か、教育の分野の特集のときである。しかし今回は、医療。「医学」だと専門知識に全くついて行けないが、「医療」だと、自分の身にも関係があるし、身内に医療従事者がいることで、いっそう関心が深い。
 一時は、コロナ禍の問題が、思想誌にもしきりに扱われていた。だが、ここのところ全く影を潜めている。確かにあのコロナウィルス感染症のパンデミックは、久しぶりに世界に広く恐怖を与えた事態ではあったが、すでにもう喉元過ぎれば熱さを忘れるという有様のようだ。トイレで手を洗わずに出てゆく男性の割合は、コロナ以前とまではいわないが、だいぶ下に戻りつつある。あのあと女性と握手でもして、独りニヤニヤ喜んでいるかもしれないと思うとぞっとするが、それ以上に、そうしたこと犠牲になっている方々は実に気の毒である。
 さて、今回、コロナ禍に触れる論文がないわけではなかったが、殆ど議論には上がっていなかったと言ってよいと思う。それよりも、概ね全体の論調は、医療制度と技術にまつわるものであった。そして、やや関心をもっているとはいえ、素人の私にも理解しやすいように、それぞれの論文が書かれていたのは特筆に値する。
 最初は対談として、細胞から臓器を生む研究や、クローンの問題に触れながら、やがて倫理の問題にはどういう視点があるのか、明らかにしてゆくものが置かれていた。強い議論がなされるわけではなく、問題点をはっきりさせる、というような趣があった。本書全体のプロローグとしてはこれでよかったのではないだろうか。
 論じられていたものをおよそ列挙すると、まずは再生医療や移植医療についてである。何がどう問題になっており、どういう点を広く考えていかなければならないかを明らかにしており、自らの主張というよりも、問題点を提示するようなものとして読みたいと思った。
 そのとき、制御性T細胞という、ノーベル賞受賞の研究について書かれたものがあったが、これは一部のネット住民にには、ザワつく話題であった。私もそうだが、テレビアニメ「はたらく細胞」を愛好していた者たちにとっては、よく知ることだったからだ。そもそもこのアニメは、人間の体細胞、特に血液循環にまつわる細胞について、実におもしろく擬人化しているもので、制御性T細胞とくれば、クールでめちゃくちゃ強いスーツ姿の女性が頭に浮かんできて仕方がないのだ。声を担当した声優の早見沙織には、ノーベル賞おめでとうの祝福さえファンから集まったほどである。  さて、本書の話題はそれから精神疾患に及び、「ヘルシンキ宣言」についての解説は、門外漢の私にとっては有り難い紹介だった。それは、患者や市民が医療にどのように参画するか、についての社会的意義が宣言されているのである。
 性差とジェンダーについて、医療の分野で解決されるべき問題が多々あることも、目を開かされる。疾病自体に性差があるというのはまだ意識の中にあったが、社会的に少数で弱者とされる人々にとって、医療は決してあたりまえのことにはなっていなかったのである。また、出生前検査の問題も最近起こったものではあるが、そうした生殖補助医療というフィールドについての問題提起には、いろいろと教えられることがあった。
 アトピー性皮膚炎を例として、薬の使用と停止についての問題も挙げられていた。「脱-薬剤化」は、一部では確かに深刻だったのである。それは、終末医療にも及ぶ。ホスピスという形で飾る叙述ではなく、鎮静剤という、安楽死にまつわる分野にオーバーラップする点が、丁寧に区別されながら述べられていた。それらがきちんと解説されているのがよかった。
 そこまでいかなくても、医療の意思決定は、ただ「どうしますか」と訊かれても患者は困るわけで、この半世紀で揺れ動き始めてきた医療の形が、今後どうすべきであるのか、考える土台を築いてくれた。それはまた、高齢者の医療と、高齢者が蠢くような地域の医療が今後どうなるか、についても考えさせるものとなってゆくのであった。
 続く、マイナ保険証についての論文だけは、私は賛同できなかった。とにかく筆者は、マイナ保険証に反対なのである。あからさまにその態度が出ており、少しの問題点を大きく取り上げて、だから駄目だ、という結論を次々と振り撒いてゆくのだった。確かに問題点がないとは思わない。だが、半ば邪推からその悪を強調したり、メリットを出さずして少々の欠陥や、その可能性まで持ち出して、徹底的に叩くばかりの論調には、辟易するのだった。それはまるで、自動車事故が起こっているから、自動車はもうやめるべきだ、と言うような感じなのである。医療機関側でもマイナ保険証は困っている、というようにも書いてあるが、現場に立つ者は、メリットの方が大きいということを認めている。この論文だけは、解説ではなく、一方的な揚げ足取りをも並べただけのようで、感心しなかった。
 保険には、政策的な問題もある。政治的な眼差しも本書には必要だったし、それは患者側からであるとしても、医療従事者側としては、労働問題としての意味が大きく聳えていた。医者などの労働環境は、他の業種と比べても劣悪と呼んで差し支えない場合が少なくない。それを統計も駆使しながら、労働経済学の観点から明らかにしたものが最後にあり、これは社会的な問題として皆で考えてゆかねばならないと感じさせられた。なにせ医療機関で働く人がいなくなつたら、私たちは完全に危機に陥るのである。大切に扱わねばならないはずである。確かに収入が多いケースが多いが、逆に収入の点で低く抑えられている福祉業種に就く人々のことも、併せて考えてゆかねばならないと思われる。
 なにしろ命を直接扱う。誰もが世話になる。医療について関心を寄せることためにも、本書はなかなかよい入口となり得るのではないか。議論の叩き台としても、また関心をもつ人々のテキストとしても、役立つものとして、宣伝したいと思った次第である。




Takapan
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