本

『現代日本人の一生』

ホンとの本

『現代日本人の一生』
石井研士
弘文堂
\1800+
2022.4.

 B5大の横書き。資料としての写真が数多い。なんだか民俗学、あるいは風俗史といった趣もあるが、日本における生涯の中の通過儀礼のようなものを紹介している。とはいえ、こうしたものは地域差を考えると、実に細かくいろいろなものがあるはずだ。それを網羅することはこれだけの本では不可能である。大雑把ではあるものの、私たちが知りたい一般的な傾向や知識は十分賄うことができる。
 その意味では、民俗学という呼び方が、平均的日本人というレベルで捉えられていることになるかもしれない。その意味では、社会学のように受け止めたほうがよいのかもしれない。
 著者は、宗教学を専攻。とくに、神道文化が専門のようである。どうりで、神社行事には細かなチェックがあったような気がする。氏神というものの意識が薄れている現代について描き、七五三がどのようにいま変化してきているかは、ずいぶん詳しかったと思った。
 東日本大震災のときに、卒業式や入学式が行われなかった地域のことを取り上げ、儀礼や儀式というものが私たちにどう必要であるか、関わっているかというところから、問題意識をもって、本書は始まる。
 次は「死」について。映画「おくりびと」は私たちにその問題を投げかけたとも思われるが、しかしあのような形態はいま激減しているようだ。どう変わったか。半世紀前は何が常識だったのか。そう考えると、多くの儀礼において、この半世紀ですっかり考え方が変わってしまったことが多いことに気づかされる。
 そして、葬儀そのものも、非常に簡素化されているのが実情であることも示す。確かにそうだ。もはや中元や歳暮のやりとりもなくしていこうとしているし、年賀状のやりとりもやめましょうという声が多数聞こえる。
 そこから入ったものの、やはりまた人生は「誕生」から始まる。それが「ケガレ」として捉えられたきた歴史には憤慨するが、仏教にしろなんにしろ、女性をケガレたものとしていたのは、世界的にも共通のことなのだと改めて思う。キリスト教も正にそうだった。
 だが、この人口減少の背後には何があるのか。著者は、単純な結論を出して安心しようとしてなどいない。読者に問いかけつつ、だがここでは資料を提供することに徹しているようにも見える。そう批判めいた扱い方をしようという感じではない。
 だから、「2分の1成人式」について、珍しくきっちりと批判が出されているのにはハッとさせられた。3世代の家系が同居する、平和な一家、たとえばサザエさんやちびまる子ちゃんのような家を前提としたようなものではないのか、と問うのだ。私はそれに加えて、自分の名前の由来や過去の写真などを提供させる一律な方法にも、問題を覚える。それぞれの子の、辛い事情や背景があることを表沙汰にするような仕打ちではないのか。私は平均的な家族を生んだから、その問題点に、当時気づいていなかった。それを反省させられる。
 大人になるというのは、多くの民族で大切な通過儀礼であろう。成人式の乱れがどうしてか、といったことも少し含ませながら、大人への問いを投げかけてくる。そこには、何らかの死と再生のドラマがあるのだろう。新たな人生へと歩みを進めることになるのだ。
 結婚式、厄年、そして老いへと進むが、死については本の最初で扱っていた。だから老いの問題の次は「未来」となっている。この辺りが、ステキな配慮だと言えるかもしれない。著者は、明るいほうを見てもらおうと考えたのではないだろうか。
 研究者であるだけに、俗っぽいウケを狙って叙述するようなことはない。資料などの根拠を構え、現実を考えさせる。そういう信頼がここに詰まっていると思うと、これは覗いてみてよかったと肯くばかりである。




Takapan
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