本

『「激安」のからくり』

ホンとの本

『「激安」のからくり』
金子哲雄
中公新書ラクレ
\777
2010.5.

 経済に疎い者にとっては、このテの本にはいつも騙される。サルでも分かるなどと言われて読めばちっとも分からない。読者を舐めきったような説明がなされているが、私に言わせれば決して上手な説明ではなく、非常に不愉快な思いを抱くに至る。池上彰氏はその点、説明が巧い。こどもに分かるニュースで苦労されたせいかもしれないが、こどもニュース当時から、こども相手だからと理屈の説明には手を抜いていなかったように見えた。易しい言葉で説明することのできる人は、本当にその事柄が分かっている人である、という使い古された真理は、哲学を少しでもやった者にはほぼ常識化していると言える。
 さて、この本である。ちょうどこの2010現在の状況に乗っかった内容であり、時が経てばこのままの記事では済まないものと思われる。新書の強みでもあるし、弱点でもある。それはともかく、この現状の説明、そこへ至るまでの出来事、今後の流れなど、読者に実にシャープに伝わってくるのを感じた。経済について門外漢であっても、普通に生活していれば、ダイエーやユニクロでどういう売り方がなされているかは知っている。その背景がどうであるか、またどういう陰があるのか、それをこの本は明らかにしてくれている。
 つまりは、説明巧者であると見た。
 新たな用語を持ち出すときには、必ずその定義なり説明なりを行う。当たり前のように思われるかもしれないが、世の経済入門たる多くの本が、実はこれをやっていない。多くが、「これくらいは言わなくても知っているはず」であり、ごく一部、「小学生に分かるようにくどくど教えておけばさすがに分かるだろう」と読者を見くびっているものもある。そこへいくと、この著者はスマートにさりげなく、バランスのよい解説を施しているように思われる。あるいは、私くらいの者にちょうど波長があったということなのだろうか。
 経済理論の常識を前提にせず、読者の生活感覚を背景にして、どう読まれるか、どう書けば理解しやすいか、熟慮して原稿を書いているようにも見えるのである。
 実は、これは著者が好きな手法のはずである。というのは、この本の中で紹介しているダイエーの中内氏が、購買者の立場からスタートして発想したのだとされていて、著者はこの考え方が好きだ、とはっきり記しているからである。読者の立場から、本を書くという、当然かもしれないがえてしてできていない発想からの実行を、ちゃんとやってくれていると考えれるのである。
 激安は、一消費者としては歓迎すべきことかもしれない。だが、健康のために吸い過ぎに注意しましょう的な警告がタバコにあったし今やさらにそれは厳しい表現へと変わっていっているのであるが、そのように、激安商品には、この価格では失業が増える虞があります、と記す必要があるかもしれない、とユーモラスなあとがきが添えられている。著者は自分の基本的なスタンスも明らかにしている。ミクロな目では得をするかのように思われるかもしれないが、マクロな目で見ると、大変なことになっていく可能性を、強く訴えているのである。
 一口読み物としてのコラムの調子もいい。経済の理論を覚えるためには不向きだが、現場の工夫や立場、経済に影響を与えるのはどういうものか、現実の企業を見本として、適切に教えてくれる本であると感じた。経済という見方は単純ではないから、著者の見解や予想が最もすぐれているかどうかは分からない。ただ、素人が素朴な疑問として抱いていたようなことに、的確に解答してくれた印象があるということは、間違いない。旬な今、駆け足で読んでみるとどうだろう。ただし経済に詳しくない生活者の皆さんが。




Takapan
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