本

『舟を編む』

ホンとの本

『舟を編む』
三浦しをん
講談社文庫
\620+
2015.3.

 2012年の本屋大賞を受賞している。アニメや映画にもなった。そして2025年、NHKのテレビドラマで再び映像化し、ドイツの国際映像祭で金賞を受賞した。これを機会に、読んでみることにした。テレビドラマでは、主演が池田エライザとなっており、役名は岸辺みどりであったが、本の方では、池辺みどりの出番は後半である。
 辞書『大渡海』の編纂が始まる時期と、それが完成する13年後の時とが交錯するが、池辺みどりはその完成の時期に関わる。だから、ドラマはその辺りの構成をずいぶんと変えていることになる。
 国語辞典に関するスタッフ内部の様子がありありと描かれる。私は本編から先に読んで、それでよかったと思うが、覗き見の好きな方は、「解説」を見ると種明かしのようなことを先に見ることになるだろう。岩波書店の辞書編集部の方の寄稿だが、作者の三浦しをん氏が、取材に来たときのことを細かく綴ってくれている。だからまた、物語の舞台は、岩波書店の姿にも重なってくることになるだろう。
 本を見るかぎり、主人公は「まじめ」である。「馬締」光也という。風采の上がらない男である。辞書を愛する。言葉を愛している。その恋愛事情もなかなか面白いのだが、とりまく同僚や関係者との触れあいも愉快である。とはいえ、馬締自身は、他者とのコミュニケーションがぎこちない。人間関係を築くのはうまくない。ただ、辞書をつくるという使命だけが彼らをつないでいる。
 辞書をつくるというのは、書店にとり、決して利益が大きい部署とは言えない。死かも、製作には半端ない費用と時間とがかかる。だが、他のある国のように、国家が負担して国民の言語のためにつくるということになるとどうなるか。それは物語の中でも議論される。言葉を権力が牛耳るようなことをさせてはならないのだ。
 このように、言葉についての些細な問題が、物語で随所扱われるのが面白い。私もまた、言葉に対しては非常に細かな注意を払う者である。その割にはこうした原稿では誤字脱字が多く、いわゆる変換ミスも少なくない。十分な推敲ができないからと言い訳しておくが、無知の故でもあるだろう。言葉遣いや意味合いも、誤解したままヘンテコな文にしているかもしれない。だが、言葉についての詮索は好きだ。
 だから、本書の中で時折現れる、言葉についても「こだわり」も大好きだ。「方角」の定義や、「上がる」の意味などは、ある程度私も知っていたし、「男と女」についても情けない定義をふざけて喜んでいたこともあった。しかし、今の時代ではそこも扱いが大きく変わってきている。ドラマでもそういうシーンがあったようだが、「恋愛」を異性に限定するという説明でよいのかどうか、それは再考してゆかなければならないのだ。
 『大渡海』の監修者たる松本先生に対して、喧嘩になりそうな辺りから入るのも面白かったが、この先生はこの辞書の完成へ向けて、実に誠実な働きをなす。これからお読みの方は、見守って戴きたい。
 使われなくなった言葉は、改訂のときに外してゆく、という考え方の国語辞典もある。だが、だからこそ調べる人もいるに違いない、という見解が途中になされている。そこは、その辞書の方針や特質、あるいはコストなどの関係から変わってくるとは思うが、一つひとつの辞書に、それぞれの考え方があることを知らされる。だから、この『大渡海』の姿勢だけが正しいというわけではないのだ。
 それで、このタイトルであるが、ネタバレのようになるかもしれないが、本書でもきっちり伝えてあるのでご紹介すると、「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味なのだそうだ。「だいとかい」という、少しふざけたネーミングかと最初思ったが、大いに真面目で、真摯な姿勢が、全編に貫かれている。それというのも、このぼさぼさ頭でモテそうにない馬締の、正に「まじめさ」の故でもあるだろう。
 本書を読み終わり、「解説」も読んで、ああよかった、などと思いながらめくった次の頁に、しかけを何も知らなかった私は、大笑いした。そして数頁、外野の声も並行して掲載されたそれを、もう大ウケで読むのだった。もちろん、ネタバレはしない。そして、最初にそこを覗き見するというような、失礼な真似だけはしないで戴きたい。どうぞ順番通りに、最初から丁寧に読んで戴きたい。本書は辞書ではないので、飛ばし読みは厳禁である。




Takapan
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