本

『福音の少年』

ホンとの本

『福音の少年』
あさのあつこ
角川書店
\1470
2005.7

 タイトルを見て惹かれたのが正直なところだ。さらに、著者名。この手の作品に興味を持つと多大な時間をその物語に没頭してしまうことになるせいか、どうにも流行りの物語には飛び込めない私である。しかし、何か機会があれば、覗いてみるのも悪くない、とも考えている。
 それでも、小説は読み始めのウェイトが大きい。ここを読んで、体が馴染むかどうか、判断する。と、実に気分よく、テンポが刻まれるではないか。ぐいぐいと連れて行くだけの力量をもった書き手であり、適度に裏切ってくれるので、そう簡単に飽きることはない。
 タイトルとは事なり、どぎつい話である。焼死体で発見された少女を巡る、恋人高校生と幼なじみ。自由を求める恋人のほうは頭脳明晰であるけれども、どこか冷酷な感情を有している。
 抵抗なく、というよりもむしろ、まるでどこかですでに読んだことがあるほどに、読みやすかった本であった。もしかすると、私がこれらの少年のような異常性を秘めているせいかもしれない。
 サスペンス調に事態は進展する。ただし、テレビドラマのカットシーンのように、時折場面がちらつき、謎のカケラを提供してくれたりする。さらに、ここに本格的サスペンスを要求するなら、もしかすると、裏切られる。どんな整合性が、この物語の中にあるのか、分からない。はたしてこれで終わりなのか、という感情は、たぶん読了した多くの人が抱くであろう。
 では、福音とは何か。鍵となる図書館の棚に、聖書があり、それへの言及がちらほらとあることか。主人公を務める二人の少年のどちらが福音であるのか。
 明らかな解答を拒んでいるかのように、ただ事件がぐいぐいと読者を引きこんでいく。
 ラストシーンへと登り詰める場面で、少年の一人が叫ぶ。
「憎むな、愛せ、殺すな、全てを許せ。くだらない。柏木、おまえは、ちっとも自由なんかじゃない」
 それに対して、こちらが福音の少年ではないかと予感させる側が答える。
「だけど、おれはやっぱ、本当のおれなんてわからんのや。……わからんことばっかや。……今は……今はな……おれは、おまえがいなくなることが怖い。……生きていてほしい」
 求めた自由の代償は、あまりに大きかった。自分を傷付けてまで友を救いに走るこの少年の姿は、少しばかり福音を匂わせているのかもしれない。ただ、何度も聖書が登場してこういうタイトルが付けられている割には、聖書の何がどう反映されているのか見えてこない。聖書のスピリットがふんだんに縦糸となって織られている、ナルニア国物語とは訳が違う。
 焦点をたえずずらしての叙述が果たして成功しているのかどうか、私には分からない。会話もどちらのものか分かりにくいことが何度かあった。それでも、心を掴む魅力はさすがである。人気があり、よく読まれている理由が分かる。




Takapan
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