本

『ファミリーデイズ』

ホンとの本

『ファミリーデイズ』
瀬尾まいこ
集英社
\1300+
2017.11.

 忙しくて図書館になかなか行けない妻のために借りてきた本であった。気晴らしに軽い読み物がよいので、字がぎっしり詰まり、イラストひとつすらないこの本は、読んでもらえないかもしれないと危惧していた。まあその時はその時さ、と思い、可愛いクマの家族の絵の表紙くらいは和ませてくれるだろうか、というつもりで選んだ。
 ところが、これがえらく気に入られてしまったのである。もともと本を読むのは達者な妻である。読書感想文で鍛えられた過去があるといい、小論文の力で進学を成し遂げたような言い方を自らすることもあった。本を読む暇もないほど日常が多忙である中、この文字の多いのはどうかしらと案じる必要はなかった。惹きこまれていったのだという。
 舞台はタイトルの通り、ファミリー。夫と、幼い子がひとり。結婚前のことから、結婚、そして奇跡的に(理由は本書に記されている)子どもが産まれ、その子が産まれて数年、というところまでの近況が、それぞれ短いエッセイの積み重ねとして集められている。集英社のWeb文芸としての原稿を整えて編集したものだという。
 文章はもちろんプロである。巧い。元は中学校の国語の教師であったという。そのことも話のネタとしてたくさん盛り込まれている。文章の巧さは、同じことを描いていても、心に届くスピードや深みが違う。そして清々しさも残していく。やはり文章力はつけるものだろうと思うが、決してこれはまた理論で構築した巧さではないはずだ。気づけばひとを誰ひとりとして傷つけないままに一冊が終わっている。
 生活の風景を描いたものだ。気取らない親近感も与え、読者は安心して近づいていける。生活をよく知る人は、大いに共感できる箇所を見出すだろう。嫌味もなく、爽やかな風に包まれているから、読んでいても気持ちがよい。
 がさつ、と言っては失礼なのだが、そういうふうに自らを描いている部分を見る。夫は涙もろい。よく分からない習性があるが、それもまた楽しく描いている。結婚に至り、諦めていた子のできたことを奇蹟のように知る。そして女の子が産まれる。帝王切開だったというが、その最中の描写もドキドキする。
 子を実際にもってみると、親の視点や感情をいやというほど体験する。かつて教諭だったころには、保護者はこう考えているのだろうなどと推測していたのが、いやいやどうして本当はこういうことだったのか、と合点していく過程もよく描かれている。また、活発な子どもの意外な反応に、そのわけを親なりに考えていくあたり、言葉にしすぎかなと思わなくもないが、しかしそれがあるから読み物としてもっと楽しめるわけで、考えついたことを皆相応しい言葉に替えていく様は、ひとつのマジックのようである。
 ともかく、好感度は抜群なのだ。エッセイとして、こんなに気持ちのよい読後感をもつという体験をするのはうれしいもの。勤務の電車の往復の中で、一気に読んでしまった。ゆっくり味わわなくてもったいなかったかもしれないが、しかしそれだけ熱中して読み進んだというのは事実だ。私にしては、こうした読み方をするのは珍しいことなのである。




Takapan
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