本

『哲学のエポック』

ホンとの本

『哲学のエポック』
辻村公一・佐藤三千雄・小熊勢記・御子上恵群編
ミネルヴァ書房
\2913+
1991.5.

 サブタイトルに、「古代ギリシァ以来、現代に至るまでの哲学の峻嶺」と置かれている。「峻嶺」とは知らなかった。漢字なので意味は検討がつくが、これがまさに「エポック」の意味するところであるはずである。
 ここには哲学史が描かれている。西洋哲学史に限定しているが、普通哲学と呼ぶものが集められている。それはじばしば、歴史を辿りながら多くの哲学者を紹介し、哲学史を読んだという気分にさせるものとなる。だが、ここにあるのは紀伝体とでもいうのか、人物を実に絞った形で、その人物の思想やその歴史的意義について、立ち入った叙述を行ったものである。それを「哲学のエポック」と呼んでいるのだ。哲学の新時代を築いた巨塔たる哲学者だけを集めたとも言える。但し、各時代毎に、時代の概観を語る前置きのようなものがあって、そこで多くの哲学者の名は出てくる。哲学者間の関係や、時代の中での役割を現代から見て評するところでもある。
 それでも、論ずるように描かれるのは、メジャーな面々である。
 大学の教授など、いつも顔を合わせているような人々が、それぞれ専門の分野を分担して原稿をつくっている。それで章毎に特色はあり、非常に滑らかに文章を書く人もいれば、少々難解な書き方をする人もいる。それでも、全般的には、これは入門書を意識しているらしい。但し、「あとがき」でも断られていたが、かなりの知識がないと読み通せない内容になっているという。私もそう思う。決して、何も知らない人に媚び諂うような書き方はしていないし、内容面は淡々と記しているが、奥深い。
 私の印象では、執筆者の個人的な意見を極力省いた、実に優れた入門書になっていると思う。もちろん、意見の欠片がないわけではない。しかし、概してこれは、教科書としても通るような書かれ方がなされているものなのだ。それでいて、決してその哲学者の凡ゆる側面に手を拡げず、歴史的に意義のある部門に集中した説明がなされていると言ってよいであろう。
 なお、ハイデッガーの著作は、広く『存在と時間』として知られているが、本書ではそれが『有と時』とされている。従って「現存在」という用語も「現有」となっている。これは、執筆者の辻村公一氏の訳に基づく。創文社のハイデッガー全集や河出書房新社の世界の大思想シリーズでは、辻村氏の訳で『有と時』となっている。後者にはその訳語の理由が詳しく書かれていることだけは、私の手許にあるために知っている。
 執筆者は9人であるが、自著をもつ人は殆どいない。代表作は論文で紹介されている場合が殆どで、共著というものが少し見られる程度である。本書が発行された後、亡くなった人も何人かいる。中には、若くして急死した人もいて、それも何か曰くがあったらしく、気の毒な思いがする。
 このようなことを書くというのは、私が知る人がここに多いからだ。学会からすれば、地味なグループであろう。だが、哲学の世界でマスコミ受けし、テレビに出るなどして有名になった人の考えが正しい、という理屈はない。誠実な働きをしている学者が、世に多数いる。スポットライトを浴びてもてはやされているだけが哲学者ではない。
 しかしまた、ここに取り上げられた哲学者たちは、その時代のライトを浴びた人々である、と人々は思うかもしれない。確かにそういう人もいる。が、決してそうだと言い切るようなことはできないと思う。古代の哲学者もそうだが、中世にしても、教会社会の中で地道に要請を受けて聖書とて伝統哲学との間で思索を続けていたのだ。近代にしても、スピノザが象徴するように、全く本人は自分の著作が後世にこれほど読まれるなどとは考えていなかったであろう人もいる。大学教授が哲学者となるのでさえ、まだ二百年余りの歴史しかないのである。
 本書については、私も最近まで、全く知る由もなかった。偶然リストに見出したとき、驚いたのだ。出会うまでに、発行から30年以上経っている。地味すぎる。だから、せめてこうして、出会った者が、ささやかな表舞台に、この本を連れ出したいと思った。
 最後に、本書の裏表紙に書かれたメッセージを掲げることにする。
「古代から現代までに人々は/「有るもの」「神とその世界の構造」「知の体系」「人間」とは/と問いつづけてきた。/時代を画した哲学者たちが、これらの問いに/いかにとり組んできたか、を示すとともに、/なお尽くされることなく、/そして一層深く私たちに残された問いにせまる。




Takapan
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