本

『ヨーロッパ中世ものづくし』

ホンとの本

『ヨーロッパ中世ものづくし』
キアーラ・フルゴーニ
高橋友子訳
岩波書店
\3255
2010.10.

 副題に「メガネから羅針盤まで」とあり、タイトルには丁寧に「カラー版」と付いている。カラー写真がふんだんに盛り込まれており、そのことが価格に反映していることを告げているかのようにも見える。しかし、これがカラーであるということは、確かに有意義なことであって、多くの資料が掲載され、その資料の中にこそ大切な発見がある。
 ヨーロッパ中世に発明されたもの、登場したもの、そしてそれがどのように記録されているか、を読者に楽しく示してくれる。それは、今の私たちからすればごく当たり前のものであることもあるし、逆に当時はそのように苦労したのかというような点、さらに、今がどんなにモノ的に工夫され便利になったかというような思いをも、提供してくれているとも言える。
 32頁にもわたる注釈と、12頁にも及ぶ参考文献一覧が、その資料性を十分に証明していると思われるが、しかし実のところ、私には、その巻末注釈の後に付せられた「解説」が、短くても非常に分かりやすかった。
 それによると、原題は『鼻の上の中世』というのだという。本書の最初に取り上げられているメガネのことをもちろん指すが、そこには深い意味が読みとれるのだそうだ。細かなものをはっきり見るメガネによって、掲載されている資料を細かく見れば、驚くべき事実に遭遇するということが分かるし、また、鼻の上のように、すぐそこにあっても私たちが気付かず、また意識していないことを暗示するのだというわけである。
 メガネに始まり、大学の書物、アラビア数字、銀行や紙、印刷と興味深いことだけで一章を費やした後、トランプやチェスについての、歴史の表面に出てこない面白いエピソードが登場する。実に、音符についてなど、たいていの人にはどうでもいいようなことにまで言及され、私たちの好奇心を十分に満たしてくれるのである。服のボタンとは何か。靴下とは。それから有名なフォーク。できるなら目を背けたいが、戦争の方法から、最後には、原題の副題にはないが日本語の副題にある「羅針盤」へと収束する。本当はその後にサンタクロースが控えているのであるが。
 メガネをかけた絵画が登場する中世。だが、その絵の舞台である古代にはそれはなかったはずだ、などというのは、時代考証という視点からすれば確かにおかしいのであるが、描かれた当時にメガネがどのように扱われていたか、という点を知る上では非常に興味深い。歴史的事実がどうのというよりも、なぜそれが描かれたかという意味において重要である。そこをこそ、探ってみるといい。いわば、その心理的理由でもある。
 だから、これだけ学術資料に基づいているにも拘わらず、内容は至って楽しい読み物となっている。決して論文ではない。それでいて、背景にきちんとした調査があり、証拠がある。信頼性が増すわけだ。
 最後の「解説」にあるのだが、訳者は出版の3年前に没している。その訳稿を探して出版に至ったのだという。そして解説者は、訳者を最大限に賞賛している。このことを最後に知った私は、イタリアの著者が本の初めに「日本語版によせて」というところに、出版の四年前の日付で記していたのかという謎がやっと解けた思いがした。
 こうした背景を踏まえていたら、また初めから違った読み方ができただろうという気もした。




Takapan
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