本

『電子書籍の可能性と課題がよ〜くわかる本』

ホンとの本

『電子書籍の可能性と課題がよ〜くわかる本』
高橋暁子
秀和システム
\1575
2010.11.

 これまでも、電子書籍なるものがなかったわけではない。だが、一部のマニアめいた人か新しもの好きかが盛り上がっているばかりでは、普及するものではない。面白いもので、何かしらある破れ口があると、堤防から溢れる水のように、すべてを押し流すように流れ出してしまうものである。IT機器もまたそうである。話題になり、また優れたコンセプトで支えられていた製品であっても、どうしても一般に広がらず生産中止になるという事態もよくあることである。電子書籍は、これまではまだ先行きどうなるか分からない代物であった。
 だが、2010年、確かに風向きが変わった。機器メーカーの開発から販売が相次いだというばかりでない。現実に人気作家たちが、電子書籍の先頭に立ち始めたのである。俄然、話題のヒートぶりも違ってくる。明らかに、水は破れたのだ。
 この本は、2010年秋口までのありさまを、よくレポートしてくれている。その道の素人にも、かなりついていけるような語り口調である。ただし、それは懇切丁寧と呼ぶことはできない。カタカナ言葉は解説なしにどんどん登場しているから、一定の前提知識は求められる。少なくとも初心者程度でもいいからパソコン雑誌やIT関連ニュースに通じていなければ、何を書いてあるのか、分からないと言えるだろう。それでも、小学校教員の経験があるという著者であるから、繰り返し同じことを述べたり様々な立場の人からどう見えるかを丁寧に目の前に示していくなど、解説能力そのものはなかなかのものである。
 私も、こぼれてくるニュースなどで、どういう見解があるかは聞き知っていたものの、実際のところ何がどう問題でありメリットやデメリットは何であるのか、整理ができていたわけではなかった。この本は、それを明確に示すところがいい。態度としては、この電子書籍路線を既定の路線と理解し、それが良いとか悪いとかいう批評をするつもりはなさそうである。このとき何が問題で解決を待たれているのか、また現状ではどういう媒体がそこにあり、書籍がどのように変わっていくのか、また携わる人々にとってどうなのかなどが、曖昧になることなく示されている。この解説能力については、著者の力量を買うべきであると思う。
 これはやはり2010年後半における状況である。一年もすれば内容が古びてしまうであろう。雑誌として出されてもよいくらいに、ホットな時期のみの知識であるかもしれない。だが、概ね電子出版についての種類や問題点が整理されているという点で、もうしばらく基礎的理解のために役立ちそうな本ではないだろうか。日本における日本語という問題が、意外と大きな場所を占めているらしいことも見えてきた。また、中抜きと呼ばれる中間マージンの廃止が予想される中で、今なお料金設定に業者自身が迷ってうまく判断できていないという状況もよく分かってくる説明であった。
 私個人は、どういう媒体が優勢になるかは分からないが、電子出版は、一定の発展をしていくことだろうと考える。果たして紙媒体が消滅するかというとそれには疑問であるが、かなりの部分で電子書籍が常識化するのではないかと思う。そのためにはハード面での改革が必要であろうし、通信網の整理も求められよう。世の中が電波だらけになっていることに懸念をもたないわけではないが、事実上このデジタル方面の一般化は避けられないだろうと思うのである。たとえば、図書館が電子形態で貸し出しをするなども実現しそうな気がする。それをするとビジネスが成り立たなくなる虞があるから、システムには十分な検討が必要であろう。いずれにしても、従来の常識が通用しない事態が起こるのであるから、倫理面も含め、あらゆる形で検討することが必要となるだろう。ある意味で、哲学の台頭とならなければならないはずである。
 当然のことではあるが、この本そのものは、紙媒体である。その意味でも、紙の書籍が絶滅するということは考えにくい。ただ、この本は、ビジネスの角度から同じことを繰り返し、あるいは少しだけ角度を換えて説明しているのであるから、もしかすると、人間の身体に及ぼす影響だとか、倫理的あるいはリテラシーの面からどうであるかとか、もっと触れてもよいようなことが他にあったかもしれない、とも思った。内容は、至ってシステム的であり、現状でできることとしようとしていることのレポートで終わったというところである。価値判断まではまるでしていないというべきだろう。それもまた、一つの役割である。だからこそまた、読む者が、こういう問題があるのだと冷静に受け取ることができるのであるから、良い役割を果たしてくれた本であると認めるべきなのだろうと思う。




Takapan
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