本

『別冊100分de名著 君たちはどう生きるか』

ホンとの本

『別冊100分de名著 君たちはどう生きるか』
池上彰
NHK出版
\800+
2017.12.

 2017年、ちょっとしたブームになった。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』。コミックスの形をとったことで裾野が広がったが、かつて読んだ年配者もそのマンガを、あるいは原典を繙いた。改めて、戦中戦後の時に読まれたこの本が注目を浴びることとなったことについては、いろいろ分析がなされている。しかし、理屈づけよりも、まさにここから問われている普遍的な問い、「あなたはどう生きるのか」が、人間の根本的で本来的な問いであるというところにその回答を求めてはいけないだろうか。
 これは、1937年に刊行された元の本を読み解くというふれこみで、Eテレの「100分de名著」のテキストに倣う形で編集された本である。本放送にはされないが、特別授業という形で、池上彰氏が中学校にて行った授業の内容を単行本化したものであるようだ。中学生に語りかける内容であるということは、おそらく世間の大人には殆ど伝わるということになる。それでいて、中学生に理解してもらうためには、実のところ難しい技術が必要である。そこにはごまかしが利かない。中学生は、分からないものは分からないと言う。そして、妙なしがらみがない分、人間たるものとして基本的な姿勢を貫こうとするし、建前で片づけようとは考えない。まことに、どう生きるかという問いについて、真剣勝負がなされていると思う。
 しかし池上氏にとって、それは本分ではないかと私は思う。私もそのようなスタイルが好きだ。人の顔色を見る必要はない。ひたすらその問いと向き合うこと、追究することが求められるが、それこそ大切なことだと考えるからだ。
 戦時中には、当局の目を逃れるために苦労したようであるが、ぎりぎりのところで思想を伝えようと努めているように思われる。いまならばもっと明確に述べられているかもしれない。池上氏は、そのあたりを忖度し、好意的に元の本を取り上げる。これがまた、池上氏がいまの時代に言いたいことを伝えることに役立っているのではないかと感じられる。
 さて本書は、そもそも本を読むということの楽しみや必要性から説き始める。また、原典の事情や解説、そして作者の人物像や時代状況を語ってくれるので親切だ。これだけでも、この本を開いた価値があると言えるほどだ。
 もちろん主人公はコペル君。彼がどうして優秀な生徒であるのか。その訳も書いてある。池上流の理解の仕方もあるだろう。それは、物語の中のシーンにおける、ややひっかかるような点についても、注釈めいた解説が及ぶことがある。ただ、池上氏は自分の解釈をひとに押しつけようとは考えない。あくまでも自分はこう考える、という断りを欠かさない。そしてそれがまた、あなたはどう読んだのか、という一番大切なテーマそのものでもあるし、あなたはどう生きるかへの、一個人としての答えということになるのであろう。それでいいと思う。
 だからまた、中学生たちも、その授業にきちんと応答している。巻末に、出席した生徒たちの一口感想が並べられている。それを見て私は驚く。中学生たちは一人ひとりが、真剣にこの問題に向き合い、自分なりの感想を適切に語っていると分かるからだ。誰も逃げない。自分は自分の人生を生きるのだという気概を感じる。そのように導いた講師の腕がそこにあるとも言える。教育者としてこうありたいと願わざるをえない。
 友だちのこと、歴史のこと、中学生たちが学習の中で、あるいは学校生活の中で出会う事柄について、決して教科書では解決できないことが物語で問われるわけだが、それに対してまた池上流の切り込み方も加えながら、本書は流れていく。しかし流されない。一つひとつが胸に刻まれながら、読者の魂を大切な問いの前に結わえ付けるかのようにして、引っ張ってくれる。身近に感じられるようなエピソード、さらにナポレオンの生涯と社会の思惑などを絡めながら、終わりで再び「本を読む」ということに戻ってくる。
 そう、私たちは本というすばらしい対話の道具をもてあましている。そこから遠ざかったときに、私たちは対話を止めてしまうし、問いかけることも、問われていることに応えることも、なくしてしまうかもしれない。
 だから、これはやはり中学生たちのためのものではない。大人たちが読まなければならない。逃げないために、いや大人たちこそが、残された時間の中でどう生きるかを切実に問われていると理解しなければならないのだ。将来の子どもたちと人類の未来のためにも、いま向き合わなければならない。
 さらに、原典にもよい導きとなるのであればなおよいし、究極的には、私たちが一人ひとり、どう生きるかを問われている存在として、ここから歩き始めることが求められているはずだ。私個人は、神から問われているということで目的ははっきりしているが、たとえそう思わない人がいても、自分の外からの問いかけに対して、真摯に、誠実に応えようとするときに、その人の人生は意義あるものとなるであろうことを私は疑わない。




Takapan
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