『猫と考える動物のいのち』
木村友祐
ちくまQブックス
\1200+
2024.12.
10代のノンフィクション読書を応援するシリーズが、筑摩書房から、2021年以来発行されている。「新書」たるものが、そもそも高校生に読めるように、と始められたのとは裏腹に、若い世代にいまある一般の「新書」は、もはや殆ど手が届かないようなものになっている。半世紀前の高校生とは、気概が異なるのだ。それは必ずしもいまの高校生を悪く言っているのではない。趣向や期待するところが変化しているのだ。しかしまた、確かに読解力や社会への関心も全体的に見ると下がっているのは確かであり、若い世代向けの新書シリーズも以前から発行されていた。筑摩も「プリマー新書」を出していたが、さらに手に取り安いシリーズがこうして生み出されたことになる。
これは第三期に発行された。「命に優劣なんてあるの?」と猫が話している表紙だが、内容的に猫が強調されているわけではない。著者が保護して飼っている二匹の猫を横にして、著者がその猫たちを見ている中で教えられてきた、というような状況設定がある、ということのようだ。尤も、最初の章は、これらの猫のことや、猫はどういう生き方をしているか、ということがゆったりと語られるため、猫について知ることの多い人は、「確かに」などと思えることであろう。
結局本書では、動物を人間が不当に扱っていないか、という視点を養うことを目指しているといえよう。動物の目線で何が見えるか。そこに人間がどう関わっているか。私たち大人は、それを知らないわけではない。だが、ある意味では見ないふりをして、自分の心を護っている面がある。
ただ、近年はその視点は法的にも進んできた。動物愛護管理法と呼ばれるような法律が整備され、実際に適用されている。動物実験が当然であった以前の常識は、もはや通用しない。こうした時代の流れを、若い世代は体験していない。そういう決まりだから、という前提の世界に置かれているのが実情なのだろうが、これがまた逆に、酷い動物虐待へと走る者が一部現れることにもなるし、そもそもどのようにして動物を大切にするのか、という点についてもプロセスをもたないというのは、心許ないかもしれない。どうしてそうするのか、理論的なバックボーンが必要である。
著者は、身近なところから、一つひとつアプローチして、そうした考え方の世界に読者を誘ってゆく。
そもそも人は、「擬人化」という心の作用を通してしか他者を理解できない。こういうところから入って、では動物を擬人化して大切にしていると言えるのかどうか、反省を促す。たとえば「馬鹿」とか「ケダモノのように」とかいう言葉を日常使う私たち社会は、それでよいのかどうか、考えさせるのである。
著者は、現実の例を多用する。福島で放置された動物たちのこと、食用の動物は専ら殺されるために生まれさせられ、閉じ込められ残酷に殺されるためだけにそこにいる。私たちの社会から見えないところで、無数の動物たちが、そういう立場に置かれている。ではビーガンになればよいのか。それで自分は満足するかもしれないが、全人類がそういうわけにはゆかないだろう。そのため大人は、自分の心に蓋をする。エポケーを実行し、そういうことは考えないようにして、自らの精神衛生を護る。実際そうしなければ、生きていけないのも本当である。
それに対して、子どもたちは純粋な考え方にまだ近い。大人たちはいけない。動物を護らなければ。そのように思い立つかもしれない。それをごまかすことは、心が汚いことだと認識することだろう。本書がもしもきつい影響を与えるとすれば、そこのところかもしれない。もちろん著者は、そうではないのだ、ということを伝えようとしているように思えるが、この件を突き詰めると、どうしてもそこに行かざるをえないだろう。
命を奪う私たち人間の営みにたくさん気づかせた後、本書は最後に、命と向き合う私たちの姿を持ち出して、どう考えていけばよいのか、一つの道を提示している。ここで、再び飼い猫たちが登場する。「猫をなでる」という行為の中に、何かを見出そうとするのである。撫でる私の側が気持ちいいのはもちろんである。だが、相手がどんな気持ちなのだろうか、ということを意識する、そこから何かを見出そうとしているようである。
しかし、それで問題が解決したわけではない。著者も、その解答をもっているわけではないだろう。最後には、人間だけからの視点から自由になることを提言しているように見えるが、それで動物たちの命の問題がクリアになるとは思えない。このために若い読者ががっかりするかもしれない、とは思う。でもそうではないのだ。本は、答えを与えてくれるものではない。問題提起をしてくれたなら、それは立派に本としての役割を果たしてくれたことになるはずだ。近年、これを勘違いしている人が目立つ。本の感想として、答えが書いていない、と不満たらたらで悪評をもたらす輩である。完全に勘違いをしている。本書も、「では君はどう考えるか」を問うていることで十分だ。そのための考える素材を提供できたらそれで十分であるし、さらにどのような資料を見ていくとよいのか、が読者の問題意識に上ったら、大したものである。
Qブックスなるものが、そのようにして、若い世代に、「小説でない」読書への入口になることを願っている。
もちろん、この命の問題は、人間自身の命のためにも、考えてゆかなければならない。著者が懸念しているように、動物の命を粗末に扱うという考え方は、一部の人間を粗末に扱うことへと直結する可能性が、きっとあるからだ。

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