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『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』

ホンとの本

『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』
メアリアン・ウルフ
大田直子訳
インターシフト
\2200+
2020.2.

 マーゴット・マレク賞受賞作『プルーストとイカ』で知られた著者が、その続編として著したのが、本書である。私は、『プルーストとイカ』を読み、続いて本書を読んだ。この順番でよかったと思う。前者は、読書と脳についての、科学的な立場からの叙述であり、さらに教育への懸念や対処を扱っていた。ひとつのは、教育という動機があっての研究であったのだろうと思われる。後者は、そこから時代的に、さらにデジタル読書という形が拡がってゆく中で、それは元来の読書脳と同じなのか違うのか、違うとすればそれが今後どう影響してゆくのか、という観点を中心とするものである。
 但し、両方とも読むのが難しい人がいたら、本書だけでもよいか、と思う。こちらの方が読みやすい。というのは、前者が一部、専門の脳科学についての細かな説明が続くようなことがあるのに対して、本書はすべてが「手紙」という形で、語りかけるように綴られているからである。訳調も、敬体で書かれている優しさのようなものが感じられる。好みもあるかもしれないが、科学的な図版を殆ど必要としない形で流れてゆくのは心地よい。
 内容をことさらにここで説くつもりはないが、ポイントはお伝えしてよいだろうかと思う。人には、「読む」ための遺伝子は持ち合わせていない、というのが科学的な知見としての前提である。だからそもそも「字を読む」という脳を人類が獲得した歴史も、それほど長いわけではないのだが、次第に万人が字を読むことのできるような世界になりつつあった。だが、いまやそれどころではなくなってきた。著者が気づくには、現代、読書と「読む脳」に関する歴史的な大転換期となっているのだという。デジタル機器の出現である。
 見たところ、紙の本の文字も、デジタル機器に映る文字も、同じ文字であるように見える。だが、その「読み」はまるで違う。この「字を読む」ということについては、人生の最初の五年間が育むということを、前作同様、著者は強調する。いまそれを詳述する暇はないが、親の膝で、絵本を読んで聴かせてもらうということ、そこに極めて重要な意味を見出すのが、著者の主張である。
 これについては、私は全面的に賛同したい。というより、私は直感的に、知らず識らずのうちに、これを子育ての大切な習慣として実践してきたのである。もちろん健康は最大の養育条件である。そして精神的平安ということも当然重要である。この心身の要に加えて、絵本の読み聞かせから、子どもとの付き合いが始まっていた。それは、子どもたちが成人したとき、どれほど大きなことであったか、思い知らされた。子どもたちは、私以上に能力をもち、それぞれ知的な面では何不自由なく羽ばたいている。
 さて、デジタルのことはどうなったか。デジタル文字は、実は紙の文字と同じように脳は認識していないのだという。それは「画面」なのだ。そして、溢れる情報の中で、知的になったと錯覚するが、実は瞬時に消えてゆく画面の中で、深い思考がなくなっているのは深刻であるという。
 私も、この脳科学という観点ではないのだが、この思考と想像力の崩壊傾向は、十分感じていた。そして、それはこの社会を脅かすものだと悪い予感をもっていた。ところが本書は、実に最後に、この点について警告を発していたのだ。このままデジタルの影響に気づかないで、あるいは気づこうとしないままに、時代が過ぎてゆくならば、民主主義は危機的状況に陥るであろう、と。
 だが、デジタルが悪である、という見解を、著者は一度も述べていない。これは誤解してはならない。リテラシーという言葉を用いて説明はしていないが、情報を的確に扱うことは、これまでの時代にはできなかったような分析能力や創造への足がかりをもたらすことができるだろう。だから、紙の本による読書と、デジタルによる読書と、私たち人間は、必要に応じて切り換えることができる能力を備えたいのだ。いわば、読書についての「バイリンガル」である脳が望ましいのであって、著者はそれを「バイリテラシー脳」と呼んでいる。特に子どもたちに対してそれは、5歳から10歳までの間に養われていくことだろう、という辺りが、脳科学者であり教育学者である著者の、実際的な提案となる。そうするとそれは、人生と文化に「喜び」をもたらすであろう、と著者は結ぶ。こうして一連の手紙は、読者の心に、温かく響くのであった。
 手紙毎に「章」のように分けられているが、その都度、様々な人の「名言」が掲げられている。その手紙の内容を象徴するようなそれらの言葉が、また実にいい。これを味わうのも、読み進む楽しみであった。
 なお、巻末に「解説」と題して、出版プロデューサーが短い文章を書いているが、これは実に簡潔に、本書の内容を概観するものとなっている。最初に読んで予習する方法もあるし、全部読んでから振り返る味わいもあると思う。どちらがよいかは読者の好みや性格によるだろうが、手紙の流れが物語のように受け止められるとするならば、私は後で振り返るほうをお薦めしておこう。




Takapan
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