本

『増補 ドイツ文学案内』

ホンとの本

『増補 ドイツ文学案内』
手塚富雄・神品芳夫
岩波文庫別冊3
\900+
1993.3.

 1963年に最初の版が出ているために、「増補」と付いている。本来手塚氏が完成していたのを、神品氏が、戦後から1990年辺りまでを書き加えたという形式になっている。多少の修正めいたものはあったというから、より洗練されたものになっているに違いない。
 限られた量の中で、ドイツだけに絞るとはいえ、文学史を網羅しようという試みは、並大抵の知恵や知識では賄えるものではないと思う。
 それが、ここに成立している。時代が、半世紀を超えるものだから、古い見解で表記もクラシカルなものかもしれない、と案じたが、決してそういうことはない。「あとがき」にもあるように、教科書的にただ並べるのは退屈だというので、手塚氏は、そこに「私」なるものを定置し、そこから見えるもの、感じられるものを記していくようにしたという。なるほど、そうだったのか、と後から気づく。というのは、ドイツの文化や芸術一般について触れることや、哲学者がたくさん登場することを、驚きの目で見つめながら私は読み進めていたのだ。文学とは関係がないような、カントですら幾度も登場する。それは、文学がそうした思想や社会とは無関係に成立するものではないからだ。
 その時代の世の中とその歴史、また思想というものから、文学は影響を受けて生まれる。時代の中で文学が生まれるのかもしれないし、そうして生まれた文学が、その時代をまたつくっていくのかもしれない。文学が世の中に訳に立たないとか、経済とは関係がないとか、そうした偏見は、完全に粉砕されるのが、この本を見てよく分かる。文学は、世界をつくるのである。
 ドイツという、限られた世界でのみの出来事だが、だからこそそこに詳しい人が、心をこめて綴ることができる。そうしてできあがったひとつの文学史は、必ずや普遍性を帯びるものである。それを具現したものが、本書であると言ってよい。スタイルは、やや古典的なものであるかもしれないが、何か考えたいとき、実に頼りになる一冊ではないだろうか。人名索引、書名索引も、シンプルだが充実している。一読した時には、気づかなかったことに、また機会あって調べるときに、役立つはずである。また、改めてあることを調べるときに、読み直して初めて気づくことが多々あるはずである。
 ドイツは、ローマ帝国の後継者としての役割を果たそうとしたあまり、理想を求めすぎた、というような評価が本書の最初にある。それは政治的には、うまく運ばなかったということを意味するという。こうした見解の中に、世界史とその中におけるドイツの意義、あるいはドイツの犯した罪などが、しみじみ分かるような気がするのは、私だけではないだろう。噛めば噛むほど味がでる本だと言いたい。
 これを、ドイツ文化に興味をもった、大学生の息子に読ませようと思ったため、購入して、まず私が味見した。私の本ならば線を引いたり附箋をつけたりするが、息子に渡す目的なので、一切それらをしなかった。だがそれは正解だった。もし線を引いたなら、この本は線ばかりとなり、とても読めやしない本になったことだろう。あるいはフィルム附箋が髪の毛のように生えていたかもしれない。
 なんだか彼に渡すのがもったいないような気がしてきた。が、そこはそれ、渡してしまおう。万一また読みたいと思ったら、もう一冊買うくらいの出費は構わないと思う。  良い案内所であった。




Takapan
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