『大学学部調べ 哲学部・宗教学部』
浅野恵子
ぺりかん社
\1700+
2024.8.
「なるにはBOOKS」のシリーズである。様々な職業の本があるが、大学バージョンとしては、様々な大学の学部を一つずつ紹介するのである。哲学と宗教とはひとつにしても差し支えあるまい。
なお、「哲学部」という名称の学部は日本にはない。ただ、「学部調べ」というシリーズの一つにするために、そういう名前を設けたのであると書かれていた。
哲学部と宗教学部、それぞれについて述べてゆくのであるが、まずは「どういう学部ですか」に始まり、「キャンパスライフを教えてください」へと続き、資格取得や卒業後の就職先」についてはまとめて取り上げ、最後の「めざすなら何をしたらいいですか」で結ばれる。
ところどころ、教員や学部生、それから卒業生のインタビューコーナーもあり、現場の声が聞こえてくるのもいい。
本文で、かなり強調されていたのが、これらの学部での学習が、「役に立つ」という言葉だった。何かと出てくる。これは逆に言えば、傍から見るに、社会では「役に立たない」と見られていること、あるいはそういうイメージが強い、ということを意味している。そのためか、卒業生には特に力が入っており、出版社・客室乗務員・国立博物館・大手自動車メーカーと、なかなかきらびやかな場所での活躍が紹介されている。
そして本文で、哲学や宗教学では、その内容もさることながら、議論が重視されることが繰り返され、ひとのものの考え方やひととひととの関わりなどが身につく、というような点が強調されているように感じていたのだが、それは、こうした卒業生たちの「証言」にあるものだったことが、最後になって分かった。
私も実は同じような意見をもっている。細かな技術などは、よほどの専門職でなければ、どうにでもなることが多い。しかし、人間とは何か、ということを考え抜いた人は、どういう現場でも、表面だけにごまかされず、本質を見る眼差しと、そこからの考え方というものがある程度分かることになるだろう。
だから、本書のアピール方針がよくないなどとは少しも思わないのであるが、さて、現実の中高生が、どこまでそういうことに気づき、あるいは共鳴していくのか、それは分からない。そういう道を拓いてくれるのだとしたら、私はとても嬉しいと思う。
ところが、この哲学という分野は、幾多の国では、高校生にあたるところで深く学ぶことが多いのではないかと思う。日本だと、高校で「倫理」という科目はあるが、要するに暗記科目に過ぎない。ディスカッションもディベートも、まずないだろう。「実学」優先なのかどうか知らないが、日本の教育には、哲学も宗教も決定的に欠けている。そういうものがいらない、という前提で教育が決められているのだ。
もし中等教育で哲学が組まれていたら、先ほど上げた、人間を知る眼差しというものは、何も大学でこうした学部を選ばなくても、誰もが分かっていることになる。そうして、理学をやろうが経済学をやろうが、誰しもが、人間とは何かをどこかベースにして学んでゆくはずなのである。その意味では、日本でこれらの学部を経て、やっと人間について考えた、などといって、社会へ出て活かす、というレベルは、非常に遅れているものであり、また、広く行き渡る知恵とはなり得ないものであることになる。少なくとも、それを容認していることになる。
この大学学部としての哲学や宗教学を紹介すること、そのこと自体は頼もしいものだ。しかし、その前提を考えると、ますます日本の教育の誤りというものを際立たせることになっているのだった。裏を返せば、悲しい結果をもたらすこととなってしまっている。

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