本

『大学生活、大丈夫?』

ホンとの本

『大学生活、大丈夫?』
梶谷康介
九州大学出版会
\1800+
2020.9.

 九州大学出版会は、だいぶ前にではあるが、近年できた大学出版会である。そこからまた最近、新たに「KUP医学ライブラリ」というシリーズが登場したとのこと。私もこの本に出会うまでは知らなかった。その第二弾として本書が出た。意欲的なものであり、実用的で、しかも学問的信頼性が高い。
 いや、それは机上の空論ではない。現に、九大で学生たちの健康支援センターでメンタルヘルスケアに勤しんでいる著者である。いわばその研究と役職とすべてにわたりキャンパスで日々営んでいる分野のひとつのまとめである。信頼が置けないわけがない。
 サブタイトルに、「家族が読む、大学生のメンタルヘルス講座」とある。ここが本書の要点である。家族の視点、立場で、大学生たる子どもの精神状態に気を配るという主旨である。この視点がよいと思う。えてして、自分の心の状態を知る、というふうにメンタルヘルスは登場していくものだが、これはケアする立場、しかも家族、親という眼差しである。どうも子どもの様子がおかしい。だがもう大人でもあるし、必要なら自分で病院に行きなさいと言うしかない。見守るしかないのだろうか、またどのように接したらよいのだろうか。親としては何とかしたいが、精神的なものは、へたに動くと逆効果ということもよく知られている。ここのところを突いた解説というのが、実に頼もしいと思うのである。
 頁をめくると、まずゴシック体で目立つように、この本が、「大学生の「家族のため」に書かれたメンタルヘルス本」であると目に飛び込んでくる。昨今の大学生の気質にも触れるが、もちろん画一的に判断しようとするものではない。それでも、一定の傾向は見られるのであって、ケーススタディがこの後出てくることが多いが、何かしらその中に共通項を見出していこうとしている様子である。それは、なんらかの理論や定説があるからであり、またそのための治療法があるからでもある。一般的に言い過ぎるのもよくないかもしれないが、それでもある程度の対処の仕方というものが決まっている場合がある。まずは基本的な事柄を知るというのは、適切なアプローチだと言えるように思う。
 大学生の生活の常識をご存じか。家族に問う。小学生のときには全部知っている。中学生でもかなり知るものだし、なんだかんだ行っても高校生のときまではそれなりに親は子どものことを把握している。だが大学生となると、もう分からないという事態を認識する。それで、イマドキの大学生についてのレクチャーから本書は入る。そして、大学におけるメンタルヘルスの必要性、つまりどうして大学生が心を病むのか、概略を伝える。それには、環境ばかりでなく、生理学的な理由もあるというのである。
 この後は、精神疾患の様々なリストが紹介される。大学の教授だけあって、説明は簡潔で要領がいい。また、中でもこの著者は説明が巧いと思う。それなりに薬剤名も入れ、問題をぼやかさない。家族としても、その子が薬を処方してもらっているということを知るかもしれないわけで、そうなると、より疾患に対する理解が深まろうというものである。
 こうした基礎的な理解や知識を提供した後、事実心を病んだときには、大学に対してどのように働きかけることができるのか、どうすべきなのか、あるいはトラブルによっては、他の機関に話をもちかけなければならないこともあるが、それはどういうときにどのようにすればよいか。そんなことが丁寧に案内されている。
 最後には、日常生活の中の、睡眠・食事・運動・生きがいという項目によって、メンタルヘルスの予防と維持についてアドバイスする。実によくできた企画だ。
 章の間に余談のように置かれる「コラム」が、三つしかないのがもったいないが、それらもまた読ませる。「小さなおじさん」という幻視には深い意味があったことを私は初めて知った。平安時代の文献からも、この小人幻覚というものはあるのだそうだ。静養だとさしずめ妖精というものがそうなのだろうか。アルコールや薬物、熱などによりこの幻覚が生じることがあるのだという。
 表現は易しいし、すらすら読める感覚があるが、しかし気づくべきは、本書の内容のレベルの高さだ。いかにも入門的に、あるいはノウハウ的にとっつきやすくしている訳でもない。著者自身、これは専門書に引けを取らないと自負し、エキスパートでも知らない内容を盛り込んでいるのだという。さりげなく、だがハイレベルで、しかも実用的。質の高い精神疾患の、しかも大学生というターゲットを絞った本書は、実に地味な装丁なので、これはぜひ多くの人の目に触れて役立たせてもらいたいものだと思った。




Takapan
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