本

『コロナ禍の教訓をいかに生かすか』

ホンとの本

『コロナ禍の教訓をいかに生かすか』
前浦穂高
全日本自治団体労働組合・衛生医療評議会監修
ぎょうせい
\2100+
2023.8.

 本書は、あまり類書がない内容を訴えている。できるだけ多くの人の目と心に触れてほしいと願う。
 本の表紙には、タイトルの次に大きな文字で、「医療従事者の働き方の変化から考える」という文字が読める。
 2020年に拡がった、新型コロナウィルス感染症による突然のパンデミックは、世界中を大きく変えた。日本政府も右往左往しながら対応し、マスコミはよく分からないままに、時にはデマめいたものをも報道した。様々な嘘が世間を飛び交ったのは事実だし、マスク不足がさらなる不安を煽った。芸能人の死の報道がそれに拍車を掛け、マスク警察に代表されるように、元来表向きは隠されていた互いの不信感が明らかになった。
 非常事態宣言により、学校が休校となったのみならず、社会は閉塞的な情況になった。しかし、その中でも仕事をしなければならなかった分野の働き手がいた。エッセンシャルワーカーと呼ばれる人々と、それからコロナウィルス感染症患者の治療にあたる医療従事者であった。否、医療の事務と患者への指導に勤しむ保健師や、病人の運搬を担う救急隊員なども、今回は「医療従事者」という呼び方の中に含めて捉える方がよいかもしれない。
 本書はそのような観点から、「医師・看護師・救急救命士・保健師」という分野のそれぞれに、多角的にアンケートをとり、まとめたものである。単に数字で挙げるだけではなく、一人ひとりが具体的に答えてくれた等身大の実情も、随所で語られている。医療現場の人は、まるで感情のない社会要因として見られることがあったような気がする。それでいて、実際に医療従事者やその家族が近づくことに対しては、激しい偏見も伴っていた。そこへ反省を求める声があって、一時、医療従事者のために拍手をしようとか、敬意を表しようではないかという建前が広まるとかもしたが、非常に観念的なものであったように思われてならない。
 私は直接、そのような差別を受けたとは言えない立場だが、家族にその医療従事者がいる、当事者である。医療現場の厳しさについては、よく聞いている。また、その家族として協力すべきことも経験している。その私に対してさえ明らかにできない、業務の厳しさについては、言葉にできないものがあったとも言えるだろう。
 感染の危険性もある。他方、手続きの煩雑さも激しい。一日のコロナ患者の報告を作成するのが、また大変なのだ。さらにその報告という点からいえば、医療現場はまだよい方であったようで、それらをとりまとめる保健所職員は、事務的な労苦を強いられ、本書の統計によると、残業時間は保健師が最大であった。
 問い合わせの電話の対応にも追われる毎日であり、その対応が冷たいとの批判も湧き起こった。ある神学者は、親類が冷たい対応をとられたという話を聞いて、医療がけしからん、政治がけしからん、という意見を発表した。現場の苦労を知らないとはいえ、有力な知識人かこのような言明を感情から表に出すことは、影響が小さくはない。私が現場のことを考えるように、と諫めると、医療従事者を悪く言うつもりはない、と言いつつも、それでも、政府が悪いと強弁する声をますます強くしていった。しかし批判したのは現場の対応である。医療関係者である。それを貶めるような声であることには違いない。知識と愛の無さに対しては、どうにも対処ができないことを私は覚った。
 本書は、細かな角度でアンケートを実施しており、様々な声を拾っている。まずはコロナ禍より前の働き方を明確にし、それがコロナ禍となって、どのような現場になったのか、その変化にどう対応したのか、というように丁寧に辿った形で声を聞かせてもらっている。
 具体的にどのような苦労があったのか。職場自体に無理解が漂っていたことや、風評被害についても具体的な例がたくさん挙げられている。コロナ禍が過ぎたと言える頃になって、ようやく当時のことをドラマで描くようにもなったが、その中で多少拾っていることはあるものの、現場の関係者の実態を適切に代弁しているかどうか、となると疑問である。どうしても、画になる描き方しかしないし、ステレオタイプにドラマ効果を与えるようなものになりがちである。
 しかし、医療従事者は安易に離職をしなかった。職務に対するやり甲斐や使命感というものが、やはりただものではないことが明らかになってゆく。医療従事者の意識の変化も、本書は十分なスペースをとって示している。
 具体的に、現場からの要望や提言というものも、貴重である。それは現場の仕事の運び方にも及び、これはやはり現場でしか分からない実態というものを反映している。行政のサポートに対する考えも、現場ならではのものである。外部からは決して分かるまい。特に、人材確保の点では、大いに課題が残った。どうして保健師が業務過多となったのか。それは、通常から、保健師は最低限の人材で運営するようになっていたからだ。それがコロナ禍になると、人数はふだんのぎりぎりのままで、業務だけが何倍にも膨れ上がった。何故最小限の人数なのか、それは簡単な理由による。財源の問題なのだ。
 だから医療従事者は、次の感染症の感染拡大に対する眼差しを、いま提言しなければならない、と考えている。コロナウィルスだけでなく、これまでも感染症の問題は時折起こっていた。ただ、コロナウィルスほどには日本では拡大しなかっただけのことなのだ。今後も、同様の事態が起こるかもしれないことは、十分想定しなければならないはずである。次のことへの眼差し、それを「地方公務員」という観点からまとめて、本書は終わる。地方公務員法関係で、行政改革以来、人員が削減されてきたのだ。近年わずかに増加したものの、ずっと減らしてきた「合理性」が、今回の事態を招いたのである。救急車を受け容れることのできる病院がないため、運び込むまでに何時間もかかる、という事態が現にあったことを、もう私たちは喉元過ぎれば熱さを忘れてしまっているのではないか。
 だから、いま本書が世に問うことを、私たちは真摯に受け止めなければならないはずなのである。




Takapan
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