『コミュニケーション力』
斎藤孝
岩波新書915
\735
2004.10
すっかり有名になった斎藤孝教授の本。声を出して読むというブームを作り、三色ボールペンによるメモを提案し、そしてテレビ番組「にほんごであそぼ」をプロデュースするというほどにメジャーになった人の、極めて平易な説明による新書である。
読んで損はない。だが、私はなんとなく、腑に落ちないというか、どこか欲求不満というか、満たされない感情を抱きつつ読んだ。どうしてだろう。あるとき、気づいた。
「なんだ、当たり前のことが書いてあるだけじゃないか」
自分がふだん無意識のうちにでも実行しているようなことが、提唱されているのだ。
文脈を形成する力が、コミュニケーションのためには重要であることに気づかせ、体温が伝わるようなコミュニケーションの必要性を示す。そして最後に、コミュニケーションの技法として、沿いつつずらすことを明らかにしていく。
なんということはない。私がふだん心がけていることばかりではないか。
何も私が偉いなどと言いたいのではない。つまり、それくらい当たり前のことを、わざわざこのように説明しなければ、今の比較的若い世代では、日本語について何も考えることをしないという恐ろしさを感じてしまうのである。
果たして、ここに書かれてあるようなともすれば理想的な状況として、コミュニケーションがいつも働くのかどうかは、まだ分からない。会議の仕方への提案も、それでよいのかどうか、分からない。それどころか、ただ声を出して読めば意味は考えなくてよい、という捉え方がなされるとき、危険な響きをもつであろうことさえ予想される。
しかし、どうかすると、この斎藤孝がそのように誤解されることから、この本はむしろ守ってくれるのではないかと思う。「コミュニケーション」という鍵を中心に、私たちが改めて意識していきたいことは、そんな単純なことではない。
こうした当たり前のことまでが、マニュアルのようにていねいに述べられる。しかも、この当たり前の知識が必要な人々に限って、そんな読書からは縁遠いものである。
読みやすいので、どなたにも安心してお勧めできる本である。