本

『コーヒーを楽しむ教科書』

ホンとの本

『コーヒーを楽しむ教科書』
井崎英典監修
ナツメ社
\1380+
2020.2.

 芦野公平さんのイラストがいい雰囲気を出している。文字のフォントやほぼ全編イラストという見やすさ。但し、湯を含んだ豆の実際を見せるなど、ここぞというところだけが写真である。しかし危惧の説明や仕草などは、イラストのほうが情報量が限られていて実は見やすいのだ。
 著者は、発行当時まだ29歳の若者だが、第15代ワールドバリスタチャンピオンであるという。これは日本人初であり、アジア人としても初のことだという。福岡県生まれ。スポーツ特待生として高校に入学するも、訳あって中退。父親の珈琲店で働きつつ苦労して大学受験を果たした後、珈琲の修行を繰り返し、この栄誉に輝く。なかなかできることではない。
 これはナツメ社の「教科書」シリーズの一つとして出された。他のものは知らないが、コーヒーについてなら私も自己流だが長く続けているだけのことはある。言っていることはだいたい分かるつもりだ。
 コーヒーについて何も知らない男性が珈琲店に入り、美味しいと感じたことから関心をもち、コーヒーを知っていくというストーリーがちらりと見える間に、膨大なコーヒーの知識が紹介される。それは本当に、コーヒーについて何も知らない人でも一つひとつ試していけるような、親切なプログラムになっていると思うのだ。たとえば、珈琲店の人に何と話しかけて教えてもらうとよいのか、といったあたりから説くのである。
 ただコーヒーの知識のあれやこれやを並べるのではない。コーヒーのことを知らないひとが一から順に知って体験していくアドベンチャーを見るような気がする。器具の特徴やその使い方、豆の量り方など、それはもう親切を通り買えていくくらいの勢いである。これはもはや「教科書」ではない。「教科書ガイド」をさらに超えるくらいの迫力がある。
 そういうわけで、本当にコーヒーを知らないが興味があるという人は是非お薦めの一冊となるのであるが、私のように自己流でコーヒーを淹れてきたような者にもありがたい。もちろん知らないことが多々あるからでもあるが、自分のやり方や知識が確認できたり、あるいは修正されたりするからだ。私の感覚と、正直少し違うかな、というような記述も、ないわけではない。だが世界一のバリスタなのだから、私のほうが無知であることは決まっているだろう。それでも、私も珈琲店の人から教わってきたのだから、それなりの意味はあるだろうと思う。例えば私は、とてもススペシャルティコーヒーの豆などを買える身分ではない。ゲイシャというとてつもない値がつくコーヒー豆も、清水の舞台から飛び降りるつもりで買えば買えないことはないのだが、実のところさして興味はない。二流の価格のついたスマトラ・マンデリンをひたすら毎日飲んでいるだけだ。ハンドピックなどされていない、がさつな豆で飲んでいる。でも、満足している。最近は、息子に買ってもらったフレンチプレスがお気に入りである。ドリップ式も、ペーパーレスにしてオイルや多少の粉が落ちるほどのものを好んでいたが、フレンチプレスとほぼ同等の効果であるとなると、こちらのほうが楽である。その4分間、ほかのことをすることができる。教会ではペーパードリップだから、それぞれの良さを確かめつつ、楽しめるという感じもする。
 そう言えば、本書にはこのペーパーレスのドリップだけは全く触れられていなかった。その特徴についても読者に紹介してよかったのではないだろうか。ベトナム式も見当たらなかったし、エスプレッソも手軽な直火式のものについては言及がなかった。マシーンを家庭でというのは実際難しいから、この直火式のもので以て、エスプレッソを紹介するという方法もあったのではないだろうか。
 世界のコーヒー産地の紹介が詳しくなされているのもよかったが、生産量第二位のベトナムについては説明がなされていないのが少しもったいなかった。いまやインスタントコーヒーにしても、ベトナムのものが使われていることが多い。もちろん本書はインスタントコーヒーについてはノータッチであり、それでよいのだが、ベトナムの特徴や味わい方なども知りたかった。
 コーヒーについての実際的な知識と扱い方については、申し分ないと言えるだろう。その科学的な根拠やデータは特に語られていない。コーヒーの科学を示す本ではないからだ。それでよいと思う。どうすれば美味しく淹れられるか、その目的のために、コーヒーについて殆ど何も知らない人が成長していく物語を含んでいる本であり、これだけの知識が身につけば、何かしらコーヒーライフが始まり、幸福を覚えるのではないか。見て楽しい本であることは間違いない。この類の本の中では、非常に優れた案内であったことも、間違いないであろう。




Takapan
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