本

『マンガでやさしくわかる コーチング』

ホンとの本

『マンガでやさしくわかる コーチング』
CTIジャパン
重松延寿作画
日本能率協会マネジメントセンター
\1500+
2014.3.

 ビジネス啓発書が書店によく並ぶ。ビジネスパーソンが、つい手に取りたくなるタイトルが多々ついている。えてして、成功談ばかりが載っているばかりで、実のところあまり参考にならないことが多い。ビジネス環境や状況により、同じことが当てはまるわけではないからだ。つまりは、週刊誌の売らんかなの記事の続き、といった趣が実に多い。学生時代に学び終えていなければならない程度のことを、改めて会社に適用しようとしている程度のものも多く見られるが、それでも、藁にでもすがりたい人にとっては、魅力的に見えるのだろう。そこそこ売れるから、発行しているに違いない。
 ところが、ちょっと雰囲気の違うものがあると、目を惹くのは確かである。時流に乗ることもビジネスは大切であるから、その時々に注目される考え方について、蔑ろにしていることばかりできるわけではない。その上、ちょっとお洒落なイラストがつくと、最近これまたマンガ世代には「つい」手に取るきっかけとなる。
 こうした点で、本書は「おや」と私も図書館で(申し訳ない)手に取った一冊である。
 タイトルの「コーチング」という言葉自体、広く普及している言葉であるとは思えないが、意味は見当がつきやすい。ただ、その印象が、この用語が使われている現場の概念と一致するかどうかは不明である。
 マンガによるストーリー仕立てで、その場面に起こったことの内容を文章でまとめて解説していく。これは確かに分かりやすい手法だ。ただマンガストーリーだけだと、面白かった、で終わったり、その特殊なケースにのみ当てはまる事態であったりするだけであるかもしれない。しかし、その具体的なストーリーから抽象された教えというか、指示というか、そういう学ぶべき事柄がその次にまとめられると、スムーズに理解が進み、抽象度の高いレベルに迷いなく進むことが可能となる。
 人を、行きたい場所に連れて行く。これがコーチングの焦点であるという。まさに、スポーツでいう「コーチ」である。しかし、事はスポーツに限らない。このストーリーでは、新たに部下を持つ立場になった女性を主人公として、たんに自己を、というよりも、部下を変えていき部門を成功に導くような設定となっている。
 元来、この女性の悩みに対して、お節介絡みでなく、女性自身が自分のなすべきことに気づいていくようにアドバイスすることを、コーチングは主眼としていたはずである。つまりは、簡単な原理であるのだから、相手を変えようとするならば自分がまず変わらなければならない、という原則に着目され、まず相手をよく見るように、というようなあたりから指導していき、部下たちに何か変わったなと思わせ、注目させ、やがてコーチングの回数を重ねていくにつれ、この部下たちと絆を築いていくという段階がうまく語られている。
 だがまた、入れ子構造のように、このコーチングのクライアントであった女性が、その女性の部下たちをまた変えていくというようなあり方が提示されている、とも言える。一人の人物の変化は、その人だけの変化に留まらない。さらに変化の輪が拡がっていくという図式である。
 いわば善行もそうだと言われる。勇気を出して、一人が何かよいことをする。それは、その良さを認識し、できればやりたいと思っていた多くの周囲の人に影響し、ほんとうは自分もそうやりたかったんだ、という思いをもつ人々を、実行するために背中を押す作用を及ぼす。こうして、善行の輪が拡がって実現していく、というひとつの理想的な図式がある。もちろん、悪いほうにも働く場合があるが、いくつかの事例が、ひとりの実行により火がついて、潜在的にでもそれを良しと考えていた人々を実行に動かすことをなす。
 他方、これは教育現場でも活かされうる内容である。子どもたちの「やる気」を生み出すために、教師は何をなすべきか。教科内容を教える、それはいわば当たり前である。だが、いくら良い話をしても、良い説明をしても、それですべての子どもが変わるわけではない。その子自身を認めること、その子が信頼をするようになり、動き始める勇気と実行力をもつようにすること。つまりは、その子が、このストーリーの女性のように、自分のしたいことに気づいていくことが望ましいのであり、もう少し正確に言えば、女性の部下たちのように、女性の変化により変わっていくというあり方をしていくことが求められていると見なすことができるだろう。
 重い車輪が動き始めるのには、じわじわと小さな動きが始まるまで、多大な力で押し続けていなければならない。当面は動かなくても、あるとき摩擦力に打ち勝って、少し動く。そのときさらに押すことを止めなければ、車輪はもっと回ることをなし、やがて外から押されなくても、自ら回転をしていくことができるようになる。
 そういう作用のためのノウハウを、適切に教えてくれる、興味深い本であった。ここまで明らかにすると、実際このコーチングを受ける必要がないくらい、自分で分かってしまうのではないか、と素人の私は心配してしまうのだが、きっと、このコーチングを受けようと集まっていくという流れのほうが自然なのだろう。こんなにばらしてよいのか、という私の老婆心をよそに、たぶんこの本が、よい宣伝になっているのだろう、ということにしておこう。




Takapan
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