本

『直観でわかる数学』

ホンとの本

『直観でわかる数学』
畑村洋太郎
岩波書店
\1995
2004.9

 少しでもカントの哲学をかじった者としては、タイトルの「直観」がひっかかる。が、何の意味もなく「直感」でもよい意味で使っているように思われるから、こだわる必要もないだろう。あるいは「直覚」でもよいかもしれない。
 語りかけるようにたたみかけ、大局的な見方をしてよいのだという視座にまで読者を運ぶことに力をかけている。たしかに、数学と言えば細かな計算や緻密な論理だと思いこみそれゆえにまた嫌っている人々からすれば、これだけのために実に大いなる労力を注がなければならないことだろう。著者の狙いがそこにあるとすれば、そこにかけるエネルギーは並大抵のものではない。
 読ませるべきところを、ゴシック体にするだけでは足りず、文字のポイント数を倍近くにまで上げて強調しているところなど、今風の雑誌感覚なのかもしれない。そうまでして、とにかく読んでほしいという気持ちもあるだろうし、そうでもしなければ読む力のない読者というものを導いているというのもあるだろう。
 かなり実験的な書物としての狙いもあるかと思うが、たしかに仕掛けが多い。
 逆に言えば、これだけのページを割きながら、情報量は実に少なく、これだけに2000円くらいを支払うのかどうか、という気がしないでもない。経済が分かる、株が分かるというふれこみで、実に初歩的なところから、中学生にも十分ついてくることができる話を延々と展開する本があるが、それと同様の、数学版ということだろうか。いや、それにしては、話の内容が高度であって、少なくとも高校の理系クラスを全うしていなければ、そもそも読めるはずもない話題が多い、とも言える。
 その意味で、はたして成功しているのかどうかは、私には分からない。
 私が教える小中学生には、ここにある内容は直接関係はないと言えるのだが、それでも、私も無意識のうちに、この著者のような視点から、子どもたちに算数や数学を語っているような気がする。それは、実は時に回りくどく、生徒の成績が上がらないことがある。子どもたちは、あまり考えようとせず、ただ公式を覚えて当てはめれば、さしあたり成績が上がるのが現状なのである。そこへ、考えて分かる喜びというものを得てほしいという願いと共に、そんな回りくどい説明を施している自分を、意識している。
 それから推測するに、この本の著者も、実は読者に「考える」ことをちゃんと要求している。何も考えず解ければいい、という考えではない。もはやこの本の狙いすらはぐらかす、「考えようともしない」グループに、今後私たちはどのように働きかけたらよいのか。問題さえ解ければ、意味について考えなくてよいのか。
 著者は、文句なく、考えるべきだという方を採ることだろう。少なくとも私は、十分楽しめた。




Takapan
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