本

『ねこと王さま』

ホンとの本

『ねこと王さま』
ニック・シャラット作絵
市田泉訳
徳間書店
\1600+
2019.12.

 図書館で借りた理由は、妻の好きな「ねこ」が主題であったため。表紙の絵も、とぼけたような可愛さがある。しかし借りると、普通の貸出期間より短く設定されている。間違いではないかとよく見ると、この年の読書感想文の図書であるような表示がしてあった。なるほど、多くの人が読めるように、貸出期間が短いというわけだ。
 読書感想文のための本など、商売目的のようでどこか不純であるような気もして、また必ずしも面白いものであるとは限らないとの偏見が私にはあった。だが今回自分で選んで借りたものである。とりあえず読み始めたら、すっかりその世界にはまっていった。
 王さまと猫は友だちだった。猫は話せないが字が書ける。それでめしつかいに王さまの指示を出すのでした。
 そもそもこの王さまがとぼけています。「王さまのしごとはいろいろありますが、この王さまは、どのしごとも、たいへん上手でした」と言いつつ、それが「赤いじゅうたんの上を歩くこと」「テープカットをすること」であり、かんむりを頭に載せて落とさないことであるとなると、思わず笑ってしまうではないか。
 そこへ「【うん】わるいできごと」が起こる。これは鍵になる言葉で、このときの不幸な出来事は、すべてこの名で呼ばれる。ドラゴンがやってきた、お城を燃やしてしまうのである。
 お城を出た王さまとねこは横町のひとつの家を見つけてそこに住むようになる。ここで新しい生活が始まり、家財道具も一から集め直すことになる。その一つひとつが丁寧に描かれている。二人がスーパーで買い物をするときの描写ときたら、もうたまらなくなる。王さまはガウンを着て、冠をかぶっている。普通のままにレジに並び、支払いをするのだ。「ふくろは、いりますか」と訊かれるが、手おし車があるからそれを断りもする。
 時折、かつてのお城での生活はこうだったなぁと思い出しながらも、バス待ちで並ぶが、2分30秒バスが遅れてきたのが心配で、ようやく来ると泣きそうになるなど、なんとも言えず可愛い。ロンドンの二階建てバスなので、二階から手を振っても、地上の人は気づかない。
 ねこと二人の食生活やそのメニューも詳しく書かれているが、その本当のレシピは巻末にちゃんと掲載されているというサービスぶり。
 遊園地で一番好きな乗物は、子どもならもうワハハハであろう。
 思い出話の中のダジャレや、どうして「王さま」というのかその名前との関係などは、訳者がきっと苦労して、日本語で同じような内容が子どもたちに伝わるように、つくった言葉なのだろうと思う。それくらい、子ども心をくすぐる面白さに溢れているのである。
 ところで、こうしたことの前に、おとなりさんのクロムウェル一家が挨拶に来て、知り合いになっていた。そのお父さんはいまひとつ気に入らないが、お母さんと二人の子どもはすっかり王さまたちと仲良しである。ホームパーティを王さまが企画してそれに招かれてどうするか考えるが、反抗心のあるお父さんはすスーツでなしに、スーツのような柄がプリントされたTシャツと半ズボンという姿で出席する。しかし招いた王さまたちはすっかりご機嫌。おどろおどろしい料理も出たが、その種明かしがあって大笑いとなる。それはお母さんは全部お見通しのようで、余裕の眼差しで迎えるが、皆はらはらドキドキ。絵や歌など出し物をする一人ひとりに王さまがそれに応じた金メダルを授与する。ここでお父さんがやったのが「ビルボケ」だったのが私には驚きだった。日本にあるけん玉のひとつの祖先と言われている遊戯で、王さまもなかなか巧かったのだが、お父さんはそれよりも巧くて、やはり金メダルをもらう。
 ここでもう一度ドラゴンが来て危機が押し寄せることになるが、そこでお母さんが機転を利かしてドラゴンを追い払うことに成功する。こうして皆が金メダルをもらうが、王さまは改めて、ねこに感謝の心を示す。但し金メダルはそのときにはなかったので、実はねこはほっとする。メダルは、ピンで留めるタイプのものだったからだ。
 魅力的なキャラクターの王さまが、まるで子どものように見えてこないだろうか。そしてひたすらお世話をして支えるのが、ねこ。なんと車まで運転する。そう、読者たる子どもは、自分がこの王さまに感情移入できるのである。子どもは時に、家庭の中で王さまのような存在となっている。でも、そのわがままもやんちゃも、ちゃんと陰で支えてくれるおとな――しばしばお母さん――がいるからこそなのである。この王さまのやることなすこと、自分に心当たりがあるようなことばかり、というふうには感じないだろうか。少なくとも、なりきって読むことは可能であろう。
 そんなことを思いつつ、絵まで自ら描いた作者も、そんなふうに解釈などする必要はないのさ、とばかりに、とぼけているのではないか、という気がしてきた。ただ楽しめばよいじゃないか、と微笑んでいるのではないか、と思ったら、本の最後に、そんな笑顔で迎えてくれたのが、ニック・シャラットさんだった。イラストやデザインが本業で、児童文学作品は初めてなのだそうだ。いや、まさかというほどに、味がある。
 読書感想文、子どもたちは喜んで書いてみたいと思うのてはないだろうか。私も書いてみたいと思ったほどなのだから。




Takapan
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