『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』
三宅香帆
サンクチュアリ出版
\1400+
2019.6.
時折、こうした本を読みたくなる。「バズる」とは、評判になる、というふうに受け取るが、要するに「人受けがいい」ということだ。但し、とにかく目立てばよいとか、過激なことを書いたら話題になるとか、そうしたことを期待していたら、本書とあなたは縁が無い。
要するに、「巧い文章」だとしてよい。否、それだと高尚な趣になるやもしれん。それよりも、「読ませる文章」くらいにしておこうか。
とにかく、情報過多である。そのくせ、電車の中のスマホの多くは、ゲームかLINEのようなものだ。これほど多くの文字が犇めいているようでも、実のところ文章読解力は地に落ちている。上っ面を撫でるようなしか読めないし、自分が正義だという前提で、思い込みの激しい悪口の飛ばし合いが盛んだ。要するに、誹謗中傷などを繰り返す者は、基本的にバズらないのだ。バズらないからこそ、平気で誹謗中傷が書ける。下手に注目されてしまったら、他人を罵る言葉を書くわけにはゆかなくなる。
こうした情報が飛び交う中で、本書は実のところ、文章をきちんと読むのが好きな人、という前提でつくられている。高々140文字でバズるためのテクニックを期待したら、がっかりするだろう。
では、そういう輩ががっかりした、本書こそ、バズらない本になってしまうわけであるが、実のところ非常に売れている、という触れ込みが、帯に書かれている。私が入手したのは2019年8月の第4刷である。わずか2か月で4刷というわけだから、確かにバズった。
それこそ読む気を殺ぐような、長い前振りとなってしまった。全く以て、本書を読んだ甲斐がないではないか。
ここにあるのは、冠のようにタイトルに付いた、「文芸オタク」という言葉にまつわるものである。もちろん、文芸作品を書くために役立つだけではない。私は、ウェブ記事を想定するとよいのではないか、と考えた。「読ませる」記事、読もうとする人に魅力のある文章、そこである。
すると、文章はこれこれがいい、このように書くとよい、といった、古の「文章読本」が思い起こされるかもしれない。だがそれも、あの冠の「文芸オタク」という言葉が効いている。一つひとつのテクニックを、文章家の名を出して、その人の文章を引用して、そこに潜むテクニックを解説してゆくのである。これがユニークなところである。
もちろん、一人の作家も様々なテクニックを用いている。だが、敢えてそれを一つに特化し、看板として掲げるのであるから、そういうことができるのは、やはり「文芸オタク」なのだろう。
こうしたテクニックを野ざらしにすると、営業妨害になりかねないわけだが、そこはある程度例を挙げねばご紹介することにもならない。例えば「村上春樹の音感力」という言葉でその特徴を挙げる。『ダンス・ダンス・ダンス』から、「〜んだ」の連続、「〜しまう」の連続の箇所を挙げて、著者はただのミーハーファンのような興奮ぶりで、そのテクニックを紹介する。こうした繰り返しは、伝達文章としては悪文である。だが、小説となると全く違う。「読みやすい。読めてしまいます」と著者は傍線まで引いて強調する。実のところ、比較的ゆったり記した5頁ほどのひとつのコラムは、案外綿密な計画の下に、細かくそのどこがどうであるか、ということを説明してくれるし、最後には、そこから得られたことを「まとめてみた」という形で簡潔に示す。これは学習効果爆上がりである。
同様にして、「三島由紀夫の対比力」「向田邦子の柔和力」というふうに、文豪や文章のテクニシャンを例に取るかと思えば、「秋元康の裏切力」や「さくらももこの配膳力」、さらに「宮藤官九郎の激化力」などと、言われただけではピンとこないような「力」が、次から次へと紹介されてくる。それぞれに、「まとめてみた」も付いており、確かに学ぶところは多い。というより、よくぞこれだけの角度から、「読ませる文章」について考えついたものだと感心する。
確かに、言われずとも私も気づいて心がけていたことはある。気づいていたはずなのだが、言語化されていなかったこともある。殆ど気づきもしなかったことも、当然ある。まるで参考書よろしく、薄い赤で傍線や、添削めいた表現で、注目する点が分かりやすく示されていて、「読ませる」ばかりでなく「見せる」本としても秀逸であると言えよう。
要するに、ブログのようなものである程度まとまった文章を公表するとき、初めの何行かで心を掴むようにすることが、いまの時代では肝要であるのだ。礼拝説教のように、否が応でも最後まで聞かねばならないときには、もったいぶった入口を掲げて、後半で盛り上がる、という構成でも構わないのであるが、YouTubeのように最初の何秒かで、興味を失って止められる、といったことが常識となった世間の「タイパ」という名の読解力喪失の実態に於いては、「つかみ」が命である。冒頭で読者の心をつかむことができるのか。ここにあるコツを心得、実行してみるというのも、面白いであろう。
と、他人事のように、そうした見かけには興味ないぞ、と言いたげな私であったが、ここらど考えを入れ替えねばならない時期が来たのかもしれない。反省し、試みてみるとよいだろうか。

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