本

『クリスマスのぶたぶた』

ホンとの本

『クリスマスのぶたぶた』
矢崎存美
徳間書店
\1200+
2001.12.

 ここでご紹介するにはやや古い本の部類に入るだろうか。また、あまりに趣味の色が濃いものであるかもしれない。思想性もないし、どれほど役立つ知識かあるかは知れない。
 ただ、心が優しくなれる。また、心に残る映画を見たような気持ちになれる。
 そもそも設定が奇妙である。バレーボールくらいの大きさの、ピンクのぶたのぬいぐるみにしか見えないそれは、ぶたぶたと呼ばれる、いわばおじさん。普通に街を歩いている。そして人の前に現れる。これは作者の生んだキャラクターであり、これで相当多くの本が生まれている。ぶたぶたのシリーズである。
 ここでは、クリスマスがテーマ。短い話がいくつも連ねられているが、それぞれがばらばら。ショートショートの精神に貫かれたような構成だが、どの場面にも、このぶたぶたが登場する。このたびは、サンタクロースの恰好をしてプレゼントを配るぶたぶたである。
 12月の24から25日にかけて、街の女性が、このぶたぶたを目撃する。あるいは、出会う。そこに、なんだかつまらない気持ちになっていた彼女たちが、温かなものを与えられる。そうした風景が、この一冊にこめられている。
 だいたい、想像しただけで奇妙である。そういうのが歩いていたら、あるいはこの本に幾度か描かれるように、車を運転していたりしたら、大変な騒ぎになるだろう。しかし物語である。一人あるいは少数の女性だけが驚き、またこのぶたぶたと会話をする。何かしらよろしくない情況に置かれていた彼女たちが、次のステップへ進む希望を見出す。
 せっかくの物語である。あまり詳細に描く事は差し控えたい。ただ、これだけは漏らしてもよいだろうか。それは、本を読んだ後、ふと現実の世界に戻ったにしても、そこでぶたぶたがひょこひょこ歩いているのを見るような気がしてならない、ということである。自分のそばにも、そのぶたぶたが現れて、自分が目撃する。そして、何か自分にも助けになるような言葉を投げかけてくれる。そんな気持ちが、どうしても迫ってくるのである。
 これは、映画館を出たときにやたら強くなったような気がしたり、優しくなれたりするのと、似ているはずだ。もともとありえないシチュエーションをもたらす物語であるのだが、あるいはだからこそ、私たちは現実とは何かという設定を揺さぶられる。読者自らにとり、ぶたぶたが極めて現実的な存在となって近づいてくるのだ。
 表紙には、ぬいぐるみの写真がある。この物語の中でぶたぶたは、このような概観をとっていたものと思われる、そうした実写である。作者のもつイメージに合うのであろう、このぬいぐるみの存在を、作者自身たいそう気に入っていて、発売当時、読者にぬいぐるみをプレゼントする、という企画もあったようだ。
 我が家のぶたのぬいぐるみ、実は、この表紙の、そしてこの本のキャラクターとしてのぶたぶたに、たいそうよく似ている。同じではないが、似ている。私としては、他人事のようには見えない。家にいるそのぶたと、重なって思われて仕方がなく、だからこそなおさら、その辺りを歩いているように感じられてならないのであろうか。
 小さな幸せをもたらす。こうなると、ぶたぶたは、愛すべきキャラクターである。現実に影響を与える強みをももっている。思うに、文学は、このような幸せを届けるという仕事を、一面ではもっているのではないだろうか。




Takapan
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