本

『ビジュアル版/対訳・武士道』

ホンとの本

『ビジュアル版/対訳・武士道』
新渡戸稲造
奈良本辰也訳
新渡戸稲造博士と武士道に学ぶ会編
三笠書房
\1260
2004.7

 武士道がよく取り上げられている。一部の意図ははっきりしている。日本古来の思想の重視であり、日本思想の優越を示したいのである。また、自衛隊の海外出兵により、武士道精神を受け継ぐ自衛隊を擁護したいのである。
 ときに『葉隠』と混同されるこの『武士道』であるが、こちらは、新渡戸稲造が英語で著した文章である。かねて、ベルギーの法学者に、日本には宗教教育がないのかと尋ねられて、その問題が心にずっと残っていたのを、後にそれに応える形で著作したものである。
 五千円札の図柄に取り入れられ、幾らか知られるようになったものの、新渡戸稲造については、メジャーな響きが伴わない。札の図柄が変更される前に、その著作を取り上げようとしている、などと穿った見方をするつもりはないが、それくらいに知られていない。太平洋の橋とならん、という思いを以て、病を経た中にも多大な教育を施し、また国際連盟事務次長に就任するなどして、日米のつながりのために尽力した。しかし、満州事変などの軍国時代に入った日本は、彼をも自由主義者として摘発する機会を窺っていたのだった。
 1933年に召天したときは72歳を数えてはいたが、もう少し長命であり得たならば、日本の歴史は変わっていたかもしれない。v  もしも、新渡戸稲造の紹介した「武士道」を、日本思想の優越として利用しようと単純に考える者がいるとすれば、それは失敗するはずだ。新渡戸はクリスチャンである。あの内村鑑三と共に学び、イエスに仕えることを誓い合った仲間である。よく読めば、この武士道が、キリストを愛する思いにつながるように描かれていることに気がつく。
 そのことは、「序文」を見ても分かる。
 高潔な武士道精神は、人間的な主君に仕えることで構築されていったが、キリスト教は、同様に創造者である唯一の主に仕える宗教である。ここに、武士道を範とする明治の優秀な若者が、多くキリスト教に流れていった理由の一つがある。
 この本は、その点について偏見なく記されている。別のある本は、自衛隊の出兵肯定のために『武士道』を利用しようとしていたが、この本は、武士道について今の人に目を向けてもらい理解しようという気持ちに満ちている。
 武士の文化的背景についても巻末にかなり詳しく掲載されており、武士道について一通り理解するには、恰好の一冊である。




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