本

『文学とは何か』(上・下)

ホンとの本

『文学とは何か』(上・下)
テリー・イーグルトン
大橋洋一訳
岩波文庫
\840+(上),\920+(下)
2014.8.(上),2014.9.(下)

 岩波文庫はその色によりジャンル分けがなされている。哲学や宗教などの思想は青、現代日本文学は緑、といった具合で、赤は外国文学という分類である。「文学とは何か」というタイトルのものがイギリス人により書かれているからには、外国文学の赤でよいのではないか、というふうに思われることだろう。だが、これはかなりいかつい思想書とも受け取れるのである。
 確かに、文学の評論である。サブタイトルが「現代批評理論への正体」とあるのも、文学である範疇だろうし、文学作品を扱っているのも確かである。だから赤であることについて、異論をぶつけるつもりはないのだが、それにしても、本書の章タイトルとして「現象学、解釈学、受容理論」「構造主義と記号論」が上巻に並び、下巻では「ポスト構造主義」「精神分析批評」となっていると、本当にこれは文学という気分で味わえるものであるのかどうか、分からなくなってくることはないだろうか。実際、そうした思想が取り巻く情況の中でどう文学作品がつくられ、また批評されたのかということが続くわけであり、しかも現象学とは何か、ということを丁寧に解説しようとする気はあまりない。もちろん読んでいけばある程度は察していけるし、論旨が曖昧であるというふうではない。また、著者自身の視点というのも比較的はっきりしているので、当たり障りのないものが書かれているというよりは、堂々とした主張である。だが、読者にはある程度の哲学や思想の素養が必要とされるのは確かである。
 その意味では、なかなかハードな批評史である。
 書かれたのは当初1983年。当時の状況の中で説かれている。教科書として記されているというし、講義であるともいう。大学生にとってもなかなか骨の折れる書籍であったことだろう。しかしそれがやはりよいものであるという評価の故に、時代が過ぎるにつれ修正や加筆を行い、版を重ねて生き続けている。範疇としては20世紀思想ということになるだろうが、哲学史でもなく、文学を背景としたものであるという点でも、非常に価値ある教科書となっていると言えるのではないだろうか。
 タイトルには出て来ないが、本書にはマルクス主義批評が重要な視点となっている。著者自身がそこに立つのではないかと思うが、しかしこれを前面に出すということではない。それは重要な視点なのであるが、著者自身、カトリックの視点に中途で大きく転回していると言われ、その後の著作に変化を生じているのだという。但し、本書にはそのような宗教的な意味合いをもたせて論じているようには見えない。もちろん「神は死んだ」というような考え方や、ニーチェのもたらした意味などを扱う場面はあるが、大袈裟には扱わない。
 それでも、宗教に信を置くということは、著者は構えているようであるし、なによりも、文学の中に、現実を変えていく力をもつものとしての期待がこめられているように見える。政治的な視野を含めた形で付け加えられた末尾部分において、著者は言う。「文学こそが、分裂し断片化した世界において普遍的な価値の感覚をまだ実現するかもしれない、そして、あさましい物質世界にあって超越性を、希有なかたちで垣間見せてくれるかもしれない」と。だから文学はマイナーでもないし、世の隅っこで細々と命を繋いでいるようなものではない。だから思想の移りゆきを章タイトルとして、堂々と渡り合って論じてきたのだ、とも言えよう。「普遍的な価値の可能性を信じる点において人文主義者は誤っていない」と、振り絞るように著者は叫ぶのである。思想の理論に支配されるのでなく、人間の生き方の核心部分であり続ける文学への、頼もしいエールとなっているのである。




Takapan
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