本

『 (ヒューマニティーズ)文学』

ホンとの本

『 (ヒューマニティーズ)文学』
小野正嗣
岩波書店
\1100
2012.4.

 電子書籍で購入。大胆なタイトルである。「文学」と真っ向から勝負している。岩波書店がシリーズ化した「ヒューマニティーズ」はそもそもそういうタイトルの付け方となっており、他の分野もそうなのだが、文学となると、他の名称とは違い、「学問」という領域から逸脱したくてたまらないようになってくることはないだろうか。
 さて、文学は学問なのか。そこに普遍性や厳密性がどう絡み合うのか。それだけを考えても面白いのだが、東大の総合文化研究科を経た著者は、今回至って王道的な、文学について誰もが捉えていきたい道をよく案内してくれたのではないかと感じた。
 文学はどのようにして生まれたのか
 文学を学ぶことに意味はあるのか
 文学は社会の役に立つのか
 文学の未来はどうなるのか
 何を読むべきか
 これらが、本書の目次である。奇を衒うことは何もなく、文学について誰もが疑問に思うことや、考えてみたいテーマが並んでいると言えないだろうか。
 抽象的に論じることか、できないわけでもないだろうが、著者はまずカフカの『変身』を取り上げて、「語りの力」の大切さを知らせる。私たちの外の世界から、その声は聞こえてこなくてはならない。そうして私たちは、文学と出会うのだ。やがて、「巣穴」という概念を基に、何らかのメタファーも取り入れながら、私たちが文学を体験していく旅へと読者を誘う。つまり、「私」という自分と、読者は確認すべく出会っていくのである。一度「巣穴」を出た私は、もはや元の私ではないのだから。
 その他西洋文学も盛んに活用して、読者は文学を知る旅を重ねていく。
 文学は、自分から離れた場所に置かれた観察物ではないのだ。私はそこに引き込まれる。そしていずれ再びそこからこの現実の足場に戻って来なければならないのだが、そのとき私は、すでに過去の私ではなくなっている。本の中で、もうひとつの人生、あるいはその文学においてでなければ体験できないような人生を経験したことになるのである。それがフィクションであるからこそ、誰をも招き入れることができるひとつの時空となっており、誰が来ようと拒まないような世界をそこに用意してくれていると言える。
 それは、自分以外の誰かのことを知る機会にもなるだろう。他者を理解し、その心を覚るのにも大いに役立つはずである。
 こうして、文学は、いやはや芸術たるもの一般は、人間が人間であるためにどうしても必要な要素となるだろうと著者は言うのであるが、これが、文学不要論に対する徹底的な反論であり抵抗であることは想像に難くない。
 著者が引用したリルケの『若き詩人への手紙』は、読みたくなって探した。感性をまた鍛えてもらった。感性を鍛えるとは、理論武装することではない。もっと力を抜いて、ありのままに見つめ、感じ、それを認めることであるに違いない。文学をそのように捉えることで、ひとは自由に文学を味わい、そしてこの世界でもひとつの重大な自由を得る。それを著者は「巣」と呼び続けるが、その文学を通じて、多くの人が互いにつながりあえるような場をシェアできるというのである。
 西洋文学関係の引用が多いと言ったが、日本文学からの示唆もたくさんある。文学の世界を縦横に走る著者の説得は、そのまま多くの作家や作品の紹介にもなっているように見える。心に留まったものがあれば、読んでみたらよいだろうと思う。
 これはもちろん、文学についての本であり、文学についての考察を進めているものである。だが、私はキリスト者の立場から、強く言いたいことがある。聖書を読むということも、このようなものであるべきだし、このような読み方のほかはありえないのではないか、と。ただ、自分と出会うとか、他者と出会うとかいうことに留まらず、まず神と出会うものである。神と出会う場としての聖書を知ることなしには、信仰も救いもないのではないか。その聖書という場において、他の無数のキリスト者とつながることができる。その世界に必ず入っていかなければならないし、また戻るときに、私は変えられている。もはや以前の私ではないし、他の同胞とのつながりを確信することができる。
 こういうわけだから最終章でも著者は、「何を読むべきか」という題をつけたものの、その意味は「どのように読むべきか」だろう、と告げている。聖書もまた、「どのように読むべきか」が課題なのであり、これをテーマとしている青野太潮という神学者もいるほどである。読むときに、私がどこにいるのか、何者なのか、それを文学は教えるのだろうが、聖書はまさに、そうでなければなるまい。著者は聖書を意図してはいないのだろうが、キリスト者はこの文学についてのアプローチに、その通りだと手を挙げる一群でありたいと願うものである。




Takapan
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