本

『美学への招待』

ホンとの本

『美学への招待』
佐々木健一
中公新書1741
\1000+
2019.7.

 最初は2004年3月に発行されている。それが2019年に、増補版として再発行されている。8章あった最初の構成に加え、新たな情況を踏まえてさらに2章を追加したのである。こうした経緯を説明することにかけては、この著者は最も親切である。どのような点でどうだからこうした、というような説明を、懇切丁寧に施す。恐らくなににつけ、きちんと伝えるということを大切にしているのであろう。それは、内容についてもそうであり、優れた本や立場などを紹介した上で、この人のこの点には賛成できない、のようにはっきりと意見を示すのだ。もちろんけなすわけではない。理不尽な批判をしているようにも見えない。著者の主張したいこと、感じていることは随所で態度を明らかにしているために、それとどう合うか、合わないか、ということについては実に明晰に考えを提示するのである。これは見ていて、実に清々しい。見習いたいと思った。読者は、なんの迷いもなく、本書の敷いた道を安心して進むことができる。気持ちよく読めるのである。
 さて、もっと美学について触れなければならない。
 最初の版にあった部分は、「誰もが生活のなかで出会っている身近な変化に注目する」という方法をとっているという。「自分なりの新しい美学を構想してみようとした」のである。それは、「美学という書物の新しい目次を作ろう」ということでもあった。以前からあったには違いないが、近年、商品として、コピーを伴う形で、藝術が流通していることが顕著である。
 そして、「美」というものが必要でない藝術が拡がっているようにも見える。果たしてそれでいいのか。著者はとくに、デュシャンの「泉」(1917年)のことを気にかけている。便器を置いたオブジェとでも言うべきものかもしれないが、同様にウォーホルの作品も取り上げられ、あくまでも「美」とは何かという問いを掲げつつ、「センス」「ミュージアム」「コピー」といったキーワードから考察を深めてゆく。
 もちろん「藝術」について問い、現代で「身体性」が問題になることをも論じている。藝術が理解できない情況を見据え、伝統的な「美」と現代的な「美」との対照を提示する。初版ものは、ここで結ばれていたらしい。
 加筆したほうでは、その後の15年における美学そのものの変化と、筆者の思索の深まりによって、哲学的な捉え方で、美について総括していく見方を試みているように見える。
 私たちは、生活の中で「美」をきっと考えている。時代や環境により、その価値観は変わるかもしれない。変わった現象的な領域で、「美」について論じた人もいただろう。しかしそのことに気づいたら、ますます、普遍的な「美」というものはないだろうか、と考えてみたくもなるものである。それでも「美」は万人に同じように敷衍することはできないものであろう。誰それの「美学」などという言葉も生まれる。人それぞれに美観は異なるものである。しかし、それでも誰もが口にする「美」とは何のことなのだろうか。「美学」は、その問いから離れられないはずである。また、離れてほしくはない。
 生きることに必死な人々にとって、「美」などどうでもよい、という見方もある。いかに「見苦しい」ことであろうと、「生きる」ためには恥もなにもなく、生きるための方策をとらなければならない場合があるのだ。「美」とは、安全な環境にいて、世界をどこか敷衍している「ゆとり」のある人だけの特権なのだろうか。
 否、人が生きるためには、何らかの「美」がそこにある。そうした見方も必要なのかもしれない。道徳であれ、政治であれ、「美」という概念から派生するものが、その根幹を成している、という見方も可能であるとも言えるのではないか。
 それでも、人それぞれに「美」は解釈されるものだろう。そう言いながら、「すべてのひとに理解されることを志向する」という点を著者も押さえているからには、やはりカントの美の理論は、いまなお生きているのだろう、というふうには感じられる。私たちは、西洋の近代美学の枠に、すっぽりはまっているのだろうか。だが著者は、それでは捉えられない、日本の「美」ということに積極的な関わり、むしろそれを西欧社会に投げかけている、とも言っている。新たな見方を世界に投ずるということでも、それはぜひやり抜いて戴きたい。但し、そうなると「美」だけに留まらず、本書も触れているように、道徳や世界観など、精神活動のみならず社会活動も含めて、非常に拾い領域に視野が及ぶことが求められることにもなるだろう。「美」は「生」であるというところにまで拡大するかもしれない。だが、私はそれでよいと思っている。
 様々な思考を呼ぶ本は、優れている。本書も、間違いなくその一冊であるはずである。




Takapan
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