本

『宇宙創成 上・下』

ホンとの本

『宇宙創成 上・下』
サイモン・シン
青木薫訳
新潮文庫
上下各\660
2009.2

 サイエンスライターの腕が冴える。私は以前に、フェルマーの最終定理のほうを読んだ。そのライターとしての腕前に驚嘆し、今回のものも期待した。
 そして期待に背くことはなかった。話題としては、比較的ポピュラーなものであるかもしれない。しかし、だからその内実を知っている、などとは言わせないところが、このライターの才覚であった。
 この問題を、古代の宇宙観からきっちり始めるところがまた、いい。私たちは、人類の、宇宙に対する思いを、順序よく辿ることができる。
 この宇宙の始まりの問題については、現在ビッグ・バンという呼称で知られているものが、ほぼ確実であると考えられている。すると、これは保守主義の宗教家たちも、神の世界創造のイメージと重なるということで、歓迎されている。カトリックのほうでは、ガリレイ裁判に対する見解を改めたなど最近でも動きがあるが、このビッグ・バンについては、当初から歓迎の意思を示していた。しかし、この説は、決して神学的に出てきたわけではない。天体観測のデータを説明するために必要な考え方を突き詰めていったときに、いわば必然的に導かれた結論である。
 人類の宇宙観は、古代のプトレマイオスの天動説から、急に近代に飛ぶ。そして、先を急ぐように、アインシュタインが登場する。しかし、アインシュタインの見解にも甘いところがあった。ハッブルという巨人の名も登場する。これがまた、観測の問題を一団と飛躍させていく。さらに、幾多の学者が論争を重ね、観測データを求め、宇宙観を一つのものに束ねていく。
 宇宙の壮大なドラマを背景に、学者たちの考えの噛み合わせもまた、壮大である。
 本文を閉じるとき、アウグスティヌスの言葉を引用して、ビッグバン以前を人間が問うことへの一つの答えを提示している。しかし、この引用の背景については、訳者があとがきで詳しく述べている。それを楽しみに読み進めていってもよろしいかと思う。
 すべては事実に基づいて記述されている。だが、事実は小説より奇なりともいう。その奇なる事実が、的確に、そして慧眼なる視点から拾われ、記述されていく。そうやってできた本であるから、私たちは興奮を保ちつつ、最後まで読んでいくことができるのだ。たとえ、細かな科学の理論を理解することができないにしても。




Takapan
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