『綾子へ』
三浦光世
角川文庫
\514+
2002.9.
『妻と共に生きる』と書店に並んでいたので、一緒に買う。これは三浦綾子の存命のときの文章であり、今度の『綾子へ』は、綾子亡き後の文章である。
三浦文学の多くは口述筆記でなされた。筆記者は、三浦光世である。小説でも随筆でも、文章の内容は綾子からであるが、それを原稿用紙に書き留めたのは、夫の光世なのであった。
だが、惜しまれつつ綾子を天に送った後、マスコミや出版社は、光世に一気に注目する。綾子の晩年のこと、思い出について、綴ってはくれないか。綾子の時からのつながりもあるし、真面目な取材であれば断る理由もなかっただろう。光世はここから、文筆家となる。
この本は、まず綾子の臨終のときのことから始まり、その後思い出に返る。毎月少しずつ執筆するという約束で書き続けていったから、なんとか書けていったとも言えるが、本書で触れているように、綾子の死後、光世はめちゃくちゃ忙しくなる。ゆっくり悲しんでいられないほどに、原稿や取材が襲ってくる。そうでなくても、様々な手続きなどで、遺族は大変なのだ。しかしマスコミは、取材という免罪符を突きつけて、休みなく押し寄せてくるのだ。
週刊誌でもテレビでも、このような形で亡くなった方の記事や番組ができているのだ、ということを、私たちはもっと真剣に考え、声を挙げてゆくべきではないだろうか。
それはそうと、本書の元の単行本が出版されたのは、三浦綾子が亡くなってちょうど1年後である。その中で、たくさんの思い出を整理して綴った。その文章たるや、なかなかの文章である。小説家の文章を記していた人は、何をどう書けばよいのか、きっと知らず識らずのうちに会得していたに違いない。その点、お見事である。
思い出話であれば、先の『妻と共に生きる』にあった内容と、重なるところもある。続けて読んだので、これは先の本に書いてあった、と気づくことも幾らかあった。だが、それが悪いなどというつもりはない。大切な思い出は、存命中でも、亡くなってからでも、同じ事実としてのみそこにあるからだ。
たとえば、家庭で開かれたクリスマス会については、最初のものにも書かれていた。実に短く記されていたのだが、読んだ私の心にはしっかりと刻まれていた。今回は、そのクリスマス会について、非常に詳しく、20頁にわたって綴られていた。その中で驚いたことがある。「少子化が叫ばれて久しい」と言いつつ、クリスマス方に来た子どもが70人を割ったことで、非常にがっかりしているのである。冬の北海道、年末の忙しいときに開かれる子どもクリスマス会は、100人以上が当たり前であったというが、半世紀後の私たちには全く信じられないような、夢のような数字である。その後の少子化の深刻さも関係しているかもしれないが、だか子どもたちの減少は、半分程度ではないかと思われる。だったら今も、冬の北海道で50人くらい集まって当然ということになる。福岡ならば、さらに多くても不思議ではない。教会は、もしかすると、世間体のよい言い訳である「少子化」という言葉を以て、自己弁護に染まっているのではないだろうか。そんなことまで考えるに至った。
本書では、思い出を、比較的項目のようにして整理して集めている。テーマを以てまとめられているのだ。先に挙げたように、亡くなった日のことがまず挙げられ、その後、食事のこと、家のこと、性格や家族のこと、趣味のこと、というように、必ずしも時間順にではなく、綴られている。亡くなった綾子は、すでに永遠の命のレベルにいるのだから、もはや時間順に記録する必要はないのかもしれない。
その死に関して、信仰深い光世にしても、「綾子は、いま、どこにどうしているのだろう」というような疑問が湧いてくる、と告白している。もちろん、それを何かに決めつけるのではなく、「私たちの知るところは一部分に過ぎない」というコリント前書の言葉を挙げ、信仰に留まっている。だから、言えることはせめて、「また合う日まで」という言葉であったようだ。
旅行のこと、クリスマス会のこと、そして光世の一人の近況がさらに綴られてゆく。興味深いのは、光世の生活が、起きてから寝るまで、事細かに記録するみたいに書かれていることである。こんなこと、誰も書かないものである。だが、ひとはどうやって一日を暮らしているのか、興味深く思うのも確かである。ここには、貴重な資料が提供されていると見てよいだろうと思う。もちろん光世の趣味の将棋に関することなど、多くの人に当てはまるものではないことも、そこには書かれている。しかし、何か別のことに置き換えれば、誰もがふむふむと肯けるような、「生活」というものの姿がそこにあるのだ。
最後には、「妻綾子への手紙」が、そして本当に最後と言うことで「再び、妻綾子への手紙」が二つの章を用いて語られている。振り絞るような声が聞こえるような気がした。読者を意識しないかのように、妻へ終始呼びかける言葉が続いている。読むだけでも涙が出そうになるが、書く方は如何ばかりだっただろう。妻への絶唱というもののようで、読むのも辛いようなところがあるが、しかし、やはり思う。そこには愛情がたっぷりと溢れており、結ばれた心というものがある。否、それは「信仰」と称した方がよいかもしれない。あるいは「信」の砲がよいだろうか。キリスト教の説教のように、聖書を説くようなことは基本的にない。だが、最後の手紙にだけは、二人を結びつけた信仰が告白されていた。それでいいと思う。でも、それがたとえなかったとしても、聖書の言葉が、そして神の愛が、二人を結びつけ、支え、導いてきたことだけは、十分過ぎるほど伝わってくる。少なくとも、同じ信仰を与えられている私にとっては、それがよく響いてくる。
本書の出版後のことも、最後に記す。綾子亡き後、15年間を、光世は地上で生きた。同じ10月に、綾子のいるところへ、旅立った。神の国で、二人はもう会っているだろうか。それから10年経って、ようやく私はこの本を噛みしめた。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド