本

『浅子と旅する。』

ホンとの本

『浅子と旅する。』
中尾祐子・フォレストブックス編集部
いのちのことば社
\1200+
2015.11.

 NHKの連続ドラマ、俗にいう「朝ドラ」で、「あさが来た」というドラマが、2015年後半から半年間放送された。本書の副題にある通りに、「波乱の明治を生きた不屈の女性実業家」であった、広岡浅子(廣岡淺子)をモデルに描いたドラマだった。  朝ドラのヒロインの中でも、最も裕福な京都の家庭に生まれ育った人ではないかと思うが、福岡の炭鉱にやってくるシーンなど、本当にあったことをも描き、福岡と京都で暮らした私としては、いっそう身近に感じるドラマであった。しかも、この広岡浅子はクリスチャンである。いのちのことば社というキリスト教書店が本書を企画して発行したのは、ひとえにその故である。
 しかし、朝ドラの中では、浅子の信仰は少しも描かれることがなかった。というのも、夫が先に亡くなり、その後60歳にて宮川経輝牧師と出会い、2年ほど後に洗礼を受けている。特に女性教育のために力を及ぼした。YWCA活動に尽力し、いまの日本女子大学の実質的な設立者であった。実質的というのは、当時女性がそうした責任者として認められなかったからである。しかし、浅子は子どもの頃から、女だから云々と言われ続けたことにひどく反発し、いつか女性が社会で表に出てゆくことを願っていた。牧師との出会いで、神を信仰することにかけては、その筋の通った信念の故にか、牧師に対して非常に素直に指導を受けていたという。
 本書は、何もクリスチャンだけに読んでほしい、というような角度から編集されていない。本の帯を見ても、そうした気配はなく、副題にもあったように、「女性実業家」としての浅子に関心を持った人が、抵抗なく手に取ることがてきるように配慮されている。ちょうどその朝ドラが始まって間もない時期に世に問うており、タイムリーな企画であったはずだ。あるいは、クリスチャンが誰かに贈る本としても、意識されているような気がする。
 というのは、正方形に近い本の形が、プレゼントに相応しいイメージを醸し出すし、ひどく厚いわけでなく、最後まで読むのに苦労を要しないものと思われるからである。紙質も綺麗で、写真がふんだんに載せられている。見た目の印象はかなりいい。
 そしてこの、最後まで読むというところに、大きな狙いがあったであろうことが、私にはひしひしと伝わってくる。たんに朝ドラに興味をもって主人公について詳しく知りたい、と思った人が出会うと読みたくなるような、魅力的な形式とデザインがここにある。それは確かだ。しかしそれにも増して、晩年の浅子を描いた終わりのほうになって初めて、俄然浅子とキリスト教との関係が紹介されるようになる。実はクリスチャンだった、と後から明かすことで、本が読みやすく、また効果的に証しを伝えるようなことになるのではないか、と気づかされたのである。尤も、最初に、後にクリスチャンとなることはぽろりと明かされているから、必ずしも勿体ぶって綴っているわけではない。
 さて、「はじめに」で、「彼女のゆかりの地を巡って、彼女の生き方に思いを巡らす度。この本を片手にあなたも浅子と度をしませんか?」と誘いかけ、そこから「旅」が始まる。個人的には、「旅」になぞらえなくても、本書は成立するのではないか、とも思うのだが、しかしひとつの旅というイメージを心に懐きながら案内を聞き、また写真を見渡してゆくことで、具体的にそこを見ている気持ちになれるかもしれない。浅子と出会うことができるかもしれない。
 まずは、生まれた町のこと。京都の出水油小路である。御所と二条城の間とぼんやり捉えるとよいだろう。私が暮らしていたところから2km足らずのところにある。豊かな豪商三井家に生まれた。お嬢さまだったわけだが、幼くして大阪の商家との間で縁談が定められ、若くして結婚する。ドラマの通りである。しかし当時、女性には権利というものがなかった。浅子は、自身幼い頃から心に懐いていた疑問、どうして女子は自分の意志で何かをすることができず、社会的な権利がないのか、という問題が、実は自分独りだけのものではないことを、やがて知る。成瀬仁蔵の本との出会いである。浅子はその『女子教育』という本に感涙したという。クリスチャンの教育者であり、牧師でもあったが、浅子が結局クリスチャンになるのは、晩年、還暦を迎えて大病を患ってからである。成瀬の誘いでは信仰にウンとは言わなかった浅子だったが、成瀬の頼みを聞いて宮川経輝という、大阪基督教会の牧師の話に素直に応じて信仰を告白したのだという。
 とにかく浅子の周りには、いろいろな重要人物との出会いがあった。本書に紹介してあるだけでも、渋沢栄一、伊藤博文、大隈重信という重鎮揃いであるし、キリスト教関係では山室軍平やヴォーリズ夫妻もそうである。さらに村岡花子はだいぶ年下だが殆ど弟子のような間柄であったし、ジャーナリストの草分けである小橋三四子も、共にキリスト者である。政治家となる市川房枝は、クリスチャンだという記録はないようだが、教会に通っていたのは確かで、キリスト教を通じての交わりがあったものと思われる。
 夫の妾の子も大切に育てるなど、当時の常識なのか浅子自身の懐の広さなのかは確定しづらいが、それでも、女性の立場や権利というものについて、まずは女子教育こそ尊いと目して、できることは何でもした実業家であったと言えよう。
 コンパクトな本だが、図表も美しく、また必要最小限の文章でたっぷりと、広岡浅子について教えてくれる。まことに優秀なツアーガイドであった。贈り物としても、この小さな本はきっと活躍してくれることだろう。




Takapan
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