本

『働きアリの2割はサボっている』

ホンとの本

『働きアリの2割はサボっている』
稲垣栄洋
小林木造絵
家の光協会
\1365
2008.11

 またやられてしまった。この著者、生き物に対する愛情もさることながら、文章がうまい。先行きが見え見えであるような場合にも、つい惹きこまれてしまう。いや、「へぇぇ〜」と自分の無知を目の当たりにすることがたいそう多いのであるから、なおさらである。
 今回は、四季ごとに出合う生き物についての、「実は」ふうなエピソード。いきなり冒頭のツクシとスギナの関係で唖然とさせられ、どの見開きのコラムを見ても、「へぇ」や「はぁ〜」で終わってしまうことが繰り返されていく。
 日本農業新聞に連載されたコラムである。ひとつひとつが実に短い。これだけの短い中で、読者の知らないであろう知識をぶつけ、また生き物の立場に立った記述をこなすというのは、並大抵のことではない。短い文というのはかくあるべし、という模範を見るような思いがする。
 副題に「身近な生き物たちのサイエンス」とあり、たんに思いつきのエッセイを書いているのではなくて、たしかな事実を紹介しているというところが、また凄い。カラスやモグラも扱うが、今回小さな生き物に焦点を当てている。そのひとつひとつが驚きである。
 せっかくのクリスチャンとしての眼差しである。シロツメクサの項で、セント・パトリックにより四つ葉のクローバーが幸福の基とされた件が書いてあったことがまず目に付いた。元来三つ葉により、信仰・希望・愛を教えたということ、恥ずかしながらこれまで知らなかった。私も経験上、踏まれたり灰をかぶったりするところにこの異形が生じることを知っていた。小さなころ、四つ葉はもとより、最高で九つ葉を見つけたことがある。そこにいくと、五つ葉くらいはもうざらにあったのだ。これを「本当の幸せは踏まれながら育つ」ことを学ぶように綴るあたり、著者のよい視点であり、味わいのあるところである。
 オオイヌノフグリの名前の怪しさについては知っていたけれども、その学名がベロニカと紹介されているのを見て、はっとした。この花の模様がキリストの顔のように見えるのが、その学名だったのである。聖ベロニカは、ゴルゴタへ向かうキリストの顔を手ぬぐいで拭いた。そこにはキリストの顔が浮かび上がっていたのだという伝説がある。これに由来していたとは、知らなかった。また、この花の色は、マドンナ・ブルーのようにも見えるから、これは実に福音的な花であったのだ。その実の恰好から、犬の睾丸という名前を日本ではもらっているのであるが。
 先にも触れたが、生き物の視点から語りかけるところが少なくない。いかに自然を愛しているかが分かる。その姿勢は、「おわりに」からもよく伝わってくる。
 なお、本のタイトルは、中程にある記事のタイトルからとっている。働き者というイメージを私たちがもつアリであるが、なんだか人間くさくて、いっそうアリが好きになった。その他、小さな虫、草について、実に楽しく読める。そして、イラストも簡潔にして丁寧だ。細やかな観察と愛情に基づく的確な説明が施されていて、感心してしまう。
 虹を見て感動しなくなったらおしまいだ、と言った文豪がいたが、この本を開いて感動しなかったら、やはり生命力がない、と言わなければならないだろう。そんな本である。




Takapan
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