本

『あのひのこと』

ホンとの本

『あのひのこと』
葉祥明絵・文
佼成出版社
\1470
2012.3.

 地雷でなく花を、という絵本を思い出す方もいらっしゃるだろう(不思議なことに、作者紹介の欄にこの絵本の名前が出されていない。出版社の意向であるのだろうか)。タッチはまさにそのタイプである。絵も、そして文も。英文もつけてあり、世界へメッセージが発信できるようになっている。タイトルにも「Remember March 11,2011」と、分かりやすく伝わるよいタイトルが付いている。
 悲惨な情景を描こうとか、苦難を訴えようという方法ではない。ひとりの少年の目を通して、東日本大震災のときに体験した風景を、淡々と綴る。余りにも淡々としているだけに、よけいに涙が出そうになるものなのだが、とにかく淡い絵柄が、できるかぎり長閑な風景を描き出そうとしていて、そこに、刻みこまれた不安や寂しさ、そして哀しさがにじみ出てくるようなできあがりである。
 絵本である。子どもたちが手に取りやすいような伝え方も大切である。大人は、その背後に何があったのか、よく知っている。だが子どもたちは、背景についてはよく分からない。分かるのは、ただ目の前にある風景である。それを、よく描いてある、とも思う。子どもの視点で、子どもの視野で、何がそこにあったのか、逆に大人には描きづらい風景がそこにある、ともいうことができるだろう。
 子どもたちも現代では、ニュースをよく見ており、また大人からも吹き込まれて、見えない部分の事情をよく聞き知っている。それが子ども独自の想像力によるものであるならばまだよいのだが、どうやら、聞きかじりで分かった気になっている、という場面が多いように私は感じている。妙に耳年増になっているのだ。それよりは、たどたどしくてもいいから、そして時に間違っていてもいいから、子どもの感覚で、子どもの視点で、何を知ることができたか、そこを大切にして表現してもらいたいとよく思う。
 その意味で、この絵本は、子ども独自の見え方を、よく捉えているのではないだろうか。改めて、そのように感じるのだ。
 もちろん、子どもは皆このように感じている、などと決めつけてはならない。これはひとつのモデルケースである。これがすべてではない。しかし、こういうふうに見えている場合も当然あるだろう、というふうに、大人もまた、その目の高さに立つことが悪かろうはずがない。
 東北の未来は、この子どもたちがつくっていく。海は恐いけれども、その海は愛すべきものでもある。海とともに生きていかなければ、東北の漁港は未来がない。海との関わりを貫いているこの絵本のストーリーをここで明らかにはしないけれども、私は、心のこもったよい作品であることができたと見ている。
 被災の様子を描写するのに、物足りない、という感想をもつ人は現にいる。だが、作者は作者なりに、ふだんとは違う荒い描き方を、ちゃんとやっている。それでいて、子どもたちが今からの一歩を歩み出して行けるような応援を、さりげなくやっているように感じられてならない。作者も、きっとそのように読んでもらいたいのだろう、とも思う。いや、誰の意図がどうであってもいい。問題は、当の子どもたちが、希望をもつことができるかどうかである。問題は、ただそこにだけある。絵本には、それをなす力があると私は信じている。




Takapan
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