本

『雨の名前』

ホンとの本

『雨の名前』
高橋順子文・佐藤秀明写真
小学館
\2520
2001.6.

初版そのものは最近ではないが、2010年になって初めて手にした。
 タイトル通りの本であり、それ以上でもそれ以下でもない。だが、そこには見えない形での人の心の深さが隠れている。日本語には、なんと豊かな表情があるのだろう、なんと豊かな心があるのだろうと感動する。
 言葉は文化をつくる。言葉は文化により生まれる。その文化とは、自然でもあり、自然を受け止める心でもある。日本には雨が多い。雨季と乾季という区別によるのではない。スコールのような激しさだけの雨ではない。小さな島国だが、南北の差、東西の差で気候が千変万化する。四季の変化が美しく、季節ごとに雨の降り方が異なる。あらゆる自然、あらゆる人の思いが、雨の名前につながっていく。その雨の名前が、必ずしもその雨を表しているのではない写真が並ぶ中に、解説されていく。
 雨の時が付くのが雨の言葉であるとは限らない。「一石日和」という言葉が福岡にあると初めて知った。降ったり晴れたり、天気の定まらない状態をいうのだそうだ。「降るごと降らざるごと」の言葉にある「ごと」と「ごと」が、「五斗」と「五斗」と聞こえたとき、足して「一石」だから、というのだそうだ。ことば遊びは万葉の時代からあったことが分かっていたが、ひとつの天候に様々な思いをのせた、素敵な言葉ではないだろうか。
 決して辞典ではない。時折コラムめいたものが掲載されている。これがまた楽しい。全くの個人的なエッセイに過ぎないのだが、そんなこともあるとか、なるほどそうですかとか、親しみを覚える。これも雨のせいかもしれない。雨という共通項が、日本人の心をつないでいくのだ。雨は命をもたらす。実に生命は水に基づいているし、身体の大部分も水からできている。また、雨は涙のようでもある。悲しいときも、うれしいときも、涙が伴うものである。人の感情のうち、善いものをすべて涙が演出する。
 著者は、詩人。ことばに命を吹き込むのが仕事である。あるいは、本来命のある言葉を生かすのが仕事である。学術的にではなく、まさにそこに生きているものとして、あるいは生かすべきものとして、雨の言葉を集めている。名前で呼ぶことにより、対象は命を与えられることがあるとすれば、この本で、雨は豊かに復活しているともいえる。
 情感にも満ちた、よい本である。写真と言葉とが互いに相手を活かすようにも見えるから、見かけの割に高価なように見える価格も、中を開けば決して高くはないと納得する。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります