本

『オール1の落ちこぼれ、教師になる』

ホンとの本

『オール1の落ちこぼれ、教師になる』
宮本延春
角川文庫
\476+
2009.7.

 小学生の息子が書店で見て、読んでみたいと言った。本をあまり読まない三男である。読みたいと言うなら、と買ってやると、ゆっくりではあるが読み通した。そして、私に、読んでほしい、と勧めてくれた。
 私は私で、膨大な読む本を抱えている。なかなかそれを実践できなかったけれども、このたびあることがきっかけて、読みたいと強く思うようになった。それで息子に頼んで貸してもらった。
 この本は、よく読まれたらしい。小耳に挟んだくらいだと、苦労しただろうなあという程度しか思えなかったけれども、世の人がどのように受け取ったか、そこまでは判断できなかった。なにしろ実物を読んでいないのだから。
 そこでこのたび初めて読むと、大いに心を揺り動かされた。まず、その謙虚な姿勢である。丁寧な文体であることもそうだが、内容の随所に、謙遜で忍耐深い人柄が表れている。また、中学でひどい学力状態だったということも分かるけれども、それだけでは説明できないような、人の心や考え方を理解する柔軟な心が具わっていたのだということがひしひしと伝わってくるようだった。
 小学生に読んでほしい、という願いから、多くの感じにルビが振ってある。字も大きめで、行間も教科書を思わせるような取り方である。だから、文庫本で250頁ほどあるのだが、大人が一気に読めばたちまち読み終えてしまうくらいの量である。息子も読み通せたということは、本をさほど読まない子でも、十分読み通せるということを意味していると言えるだろう。また、内容も分かりやすいし、何よりもその精神が子どもの心に触れ、力を与える。
 自分の生い立ちが中心である。だが、その学力についての問題がテーマであるから、身の上が不幸であったとか、学校制度がどうだとかいう方向へは全くぶれる心配がなく、ひたすら学習が人生にいかに役立つかという意義をとことん説くものであった。
 勉強が人生の全てなのではない、などという言い訳も世の中にはたくさんある。たしかに、それはそうであるし、そのようにして慰めなければならない場合はたしかにあるものだ。しかし、それは同時に、安易な逃げ場にもなりうるものであろう。これは痛みのある人にしか分からない領域であるのだろうが、学習へ取り組み乗り越える経験のある人は、何に出合っても、乗り越えていく知恵と勇気を与えられることであろうというふうであろうか。学習は、たしかによく考えられたもので、私たちが将来何かをするときに役立つ訓練がふんだんに盛り込まれている。それを唯一の目的化したり、それをもとに心を歪めていったりすることは望ましいことではないはずだが、内容的にも学習は社会で生きるために役立つし、その領域で問題を克服している訓練は、将来どういう事態に陥ったとしても、そこから立ち上がることへとつながっていく。また、社会的な生産に貢献するための強力基礎となる。とくにこの先生は、数学を高校生に教えるにあたり、かなり「できない」高校生を相手にしながら、数学が如何に人生に役立つかということを語り、生徒の共感を得ることに成功している。
 実はこれは、私も方向性は同じなのであって、数学を学ぶ重要さについては折に触れ語るのであるが、生徒たちの関心はそれほど強くない。著者ような苦労を私が負ってきたわけではないから、子どもたちとの関係がうまく作れていないのかもしれない。そういう要素は確かに大事だ、とこの先生は述べている。
 この方の場合、アインシュタインについてのテレビ番組との出合いが、ある意味ですべてだった。そこに動機を与えられ、目的ができた。目的のために頑張る心と生活を確保する努力が始まり、ついにはそれを成し遂げた。
 ただ、それは自分の頑張りや努力により成功したという程度のものではない。著者も分かっている。最初は人に見捨てられて何もできなかった子ども時代を挙げながらも、結局自分が大学に入るなどという快挙を成し遂げるときに、多くの身の回りの人の痛みを伴う協力があったということを、ひしひしと感じ取っている。人の情けのありがたみをも、十分理解しているのである。
 たしかに、小学生でも読める。最後の学習法は、中学生や高校生のための部分も含まれているが、私が思った以上に、年代別に制限されるものではなく、普遍的な学習姿勢を提案するものだった。短い説明ではあるが、学習法についてそこから学ぶものは大きいだろう。計算の途中を書かない中学生は、概して成績が悪い。そのことは口を酸っぱくいつも告げている。それでも、なんとしても計算を書くのが面倒だと書かない強者がいる。ただし、これは学習で困っている受験生のクラスに特徴的な様子である。こうした子へも、この本がきっかけとなって、変わっていってくれたらいいな、と願う次第である。
 もちろん、大人が読んでも得るものは多い。襟を正され、生き方を見直す機会となるかもしれない。自分の置かれた立場を改めて知り、自分が何に甘えているのか、そうした様子を見せつけられるかもしれない。
 私の息子ならず、今度は私がお勧めしたい。読んでほしい、と。




Takapan
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