『灯』
乾ルカ
中央公論新社
\1800+
2024.8.
国語の教材で知った作家だったので、読み始めたのは、少し以前の作品からだった。その点、本書は著者の新刊とも言える段階で読んだことになり、最新の傾向を感じ取ることができたのかもしれない。これまでは、短編の連作でひとつの形を成すようなものが多かった。その切れ味に感心していたが、本作は単行本で300頁がひとつの作品である。短編というわけでもなく、ひとつの物語である。私は、著者の短編のキレのよさというものを楽しんでいたので、少々間延びがした印象をもった。それが悪いというわけではない。考えようによっては、従来のように、登場人物の一人にスポットライトを当てて、順々に描いていくパターンのように、事件的にはいくらかのまとまりがあるものと見ることもできたと思う。だがやはり、本作品の視点は主人公の相内蒼(あお)に固定されており、人物に於ける事件も、区切れているとは言えない。やはりひとつの長編であるのだ。
そこにずっと流れているのは、タイトルにある「灯」である。本の題は「あかり」と読ませているが、この穏やかな和語は、特に最後の場面の雰囲気を象徴しているかもしれないし、今後の場面のために用意されているのかもしれない。いろいろな含みをもたせているのだろうと思うし、読者が一人ひとり心の中に灯をともせばよいのだろうと思う。
冒頭から、そのテーマの「灯」の正体は明らかにしている。「日暮れどきから夜明けまで、一時間おきに街の灯りを数える。それが『夜間街光調査官』の仕事だ」に始まり、自分がその仕事に憧れているのだ、という大前提をはっきり伝えてから、おもむろに物語は始まる。
著者の環境として、舞台は北海道。高校生が中心となる作品が多いが、本作も高校2年生という状態から物語が始まり、大学受験までの日々を描く。但し、小学校のときのエピソードが底流にあることも最初に描かれており、これが大きな意味をもつ。そこで米田君と出会う。その背景には、蒼の母親のめぐみが、子ども食堂のようなものを興していることが関わってくる。米田君にも何か事情があるようなのだが、その事情は最後のほうで明かされる。
人の中にいることが、蒼は嫌いである。誰とも交わりたくないという気持ちが強いが、周囲に何人か、話ができる友だちはいる。ただ、誰とでも明るく振る舞うべきだ、というような付き合いや環境が嫌なのだ。だから、米田君との触れあいも、ちょっとした特別ではあった。そして彼は、彼の父親の職業が、夜間街光調査官だという話をする。別段将来の夢もなかった蒼には、この職業がずっと気にかかっていた。
米田君は、小学校の高学年で姿を消す。高校で再開したとき、彼は定時制に所属し、野球部のエースだった。この、野球に関しての描写がかなり物語を引っ張ってゆくことになる。投手が2人いるが捕手がいないという、弱小チームで連戦連敗のチームが、どう成長してゆくのか、も見所である。
そして何よりも、蒼と母めぐみとの関係が秀逸である。父親の顔を、蒼は知らない。蒼が生まれる前に別れたようなのだ。母娘の家庭の様子もよく描かれており、ちょっとした料理という小道具も、その生活や2人の関係を表すのに活躍している。蒼は、めぐみに押しつけられているばかりだと感じてはいるが、あることをを通じて変化の兆しがあったかと思うと、それが決裂へと一気に進んでしまう。大学受験にやる気のなくなった蒼は、ずいぶんなことをするようになるが、乾ルカの小説は、最後に破綻するようなことにはならない。そして、最後の一行に、蒼の変化を感じ取るところへ、読者を導いてゆくことであろう。
珍しくストーリーを追いかけたが、すべて抽象的に記したつもりである。人が嫌いで、自分の道が定まらず、しかし何か心に引っかかるものはあって、それを否定されながらも、別の形でその引っかかりが、行く道の灯となる――青春の中で悩む人たちへの、エールとして、本作品が小さな灯になっている、そのようにお伝えしておくことにしよう。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド