本

『赤ちゃんはてな』

ホンとの本

『赤ちゃんはてな』
榊原洋一
小学館
\1260
2004.8

 ここのところ「赤ちゃん学」なるものが口にされ始めている。これまで、実は赤ちゃんについて、あまりよく分かっていなかった。ただ大人の側の思いこみや言い伝えで処理していたことについて、科学的な解明を施そうとする動きである。なかなか実験しにくい対象であり、どういう反応をどう捉えるべきかも判然としないものであるが、そこを次第に明らかにしようと思い立ち、少しずつ実現し始めている。
 東大病院の小児科医である著者は、最近さまざまな本や雑誌、企画ものの中に顔を出している。何か偉い学説を唱えたからというよりも、誰に対しても分かりやすいように、赤ちゃんのことを説明してくれているからのようだ。知識を振りかざして、理解できるものなら理解してみイ、という態度の本がある中で、榊原先生のものは、実に穏やかで優しく解かれている感じがする。
 そういうわけで、この本についてのネタバレになるようなことは、ここでは語りたくないと思った。それぞれの人が、この本に直に触れてほしいと思うからだ。
 私も、人の親になって、赤ちゃんがおっぱいを吸う仕組みが通常と違うことや、1.5リットルくらいのよだれを一日に出すということなどには、当然気づいていた。しかし、この本にあることは、育てた体験を裏打ちしてまわるかのように、あのことはこういう意味だ、それにはこういう効果がある、とものの見事に解き明かしてくれる。
 概して著者は、赤ちゃんがなす自然な行為を認めるべきだという考え方のようで、何か大人の目から見てこうしてやればいいとかこうしないように矯正しなければならない、などの意見を述べているわけではない。なんで赤ちゃんはこういうことをするのか、という疑問に答えるのが使命の本ではあるが、むしろ大人が手出しせず、赤ちゃんが必要に応じて求めてやっていることを見守ってほしい、というメッセージがこめられているように思えてならない。
 それに、私がいいなと思うもう一つの理由は、その心憎い計らいによる。それは、父親に対しての明確なメッセージである。オムツを換えるとはいっても、うんちを換えているか、という問いかけに始まり、そのコラムは、ボールを蹴る意義や、子どもと一対一で過ごすことの必要性などを、やわらかく説く。
 ノウハウを教える、マニュアル的な育児の本は多々ある。しかし、この本は、その背景にある赤ちゃんについての命題を明確にする。育児の本は、ときに矛盾するようなことをしろと命じてくる。だが、この本は、拠って立つ原理のようなものを伝える。その原理にさえ従っていれば、一見矛盾するような二つの態度が、実はどちらも正しいということだってありうるわけだ。
 表面だけの命じ方に慣れた人には、自分で考えなければならないこの姿勢は耐えられないかもしれないが、私はなんといっても、この原理的なスタンスが好きだ。
 サブタイトルに「はじめて出会う育児シリーズ」とあるが、「はじめて」に限定するのはもったいない。私が読んでも実に楽しいのだから、子どもを何人育てていようと、いやむしろ、子どもを知っているからこそ、頷いて読み進むことができるのではないかと思っている。




Takapan
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