本

『愛し、愛される中で』

ホンとの本

『愛し、愛される中で』
榎本てる子
日本キリスト教団出版局
\1800+
2019.4.

 2018年4月25日、榎本てる子さん、逝去。この知らせは記憶がある。ちいろば先生として有名な榎本保郎牧師のお嬢さんだと分かり、胸に大きく息を吸い込んだのだが、てる子さんについては、そのとき私は何も知らないに等しかった。その後そのスピリチュアルケアなどについての働きを少し知るに及んだが、特に著書があるということもなく、そのままになっていた。しかし、心のどこかで引っかかっていたのだろう。昇天後一年目のその日付で発行されることになった本書の情報を得ると、なんとか購入できないかと探した。
 Amazonではうまい具合に入荷しなかった。かなりもたもたした経緯を経て、ようやく手にしたのが6月末。発行から2カ月が過ぎていた。横書きの本書は、てる子さんの追悼の書のようなものとなっていたが、本来は別の形での本が計画されていたそうである。それがこの逝去により立ち消えになりかけていたのが、『信徒の友』でてる子さんのFacebookの記事が取り上げられたのを景気に、書籍化に向けて新たな歩みが始まったという。
 サブタイトルが「出会いを生きる神学」となっており、最初に4つの論文が掲載されている。それから関西学院大学のチャペルで語ったメッセージがひとつ紹介される。タイトルが「人生は神さまに出会えた」となっていて、サブタイトルとリンクするように見えた。
 本書の後半は、Facebookの記事が並べられている。文字を入力する体力も厳しいだろうと思われる中、明るく綴っていくその正直な思いは、真摯と呼ぶほか言葉が見つからないほどであるが、同じようにFacebookに思いを吐露する私は、なんだかそれをとても近しいものに感じた。この記事は、亡くなる4日前まで投稿が続く。
 京都府立医大病院は、私にとり縁深い病院である。その後改築されたため、私の知る風景とはこの時変わっていたとは思うが、観察室にてる子さんはいたというから、常にナースステーションから見える常態で見守られていたはずである。HIV患者や自死の問題と長らく取り組み、カウンセラーとして経験してきたことが、いわば自分で体験していくことになったとも言えるのであろうが、信仰をもちつつ、死と、そのドアの前に置かれた自分の姿や生き方を見つめるその思いが、記事から伝わってくる。
 日本バプテスト看護専門学校のカウンセラーをしていたこともあるという。京都にいた私には、(バプテスト教会ではなかったにしても、実はなにかと)関わりがある。そしてまた、いま身近なところでも、てる子さんと親しかった方がいることが分かり、いろいろな出会いやつながりがあることをしみじみ思わされる。
 牧師自身が自分自身を見つめ、揺るがない場所を持ち続けることの大切さを提言し、自分が癒される経験をすることが、人と関わる準備となると言っている。するとそこが、苦しみをもつ人が自由に入って来られる場所となり、自分の痛みを語ることができるだろう、と。一人で抱えてきたことが出せ、そこで人格的な出会いがなされるとき、癒しが始まる。自死を防止するためには何よりもそうした関係ができたらよいはずである。あるいはまた、地域にもそのような場ができたら……そのような場所として、京都ではバザールカフェを開設したのであるが、それは教会ではない、と冷たく言い捨てる人の言葉に傷つきながらも、教会とは何か、をまた問い続けていくてる子さん。そう、制度や組織としての教会なら違うかもしれないが、聖書に記されている立派な教会だと、私も思う。
 ヘンリー・ナウエンに共鳴し、アドラー心理学のカウンセリングを生かし、それでいて、結局のところ「出会う」ところに起きる出来事を待ち、また委ねていく。命を懸けたその言葉の一つひとつに、打ち震える思いで、夢中で読み進んでいった。この本に書いてあることと、無関係に人生を歩める人はひとりもいない、と私は思う。日ごろ覆い隠して考えないことにしているような問題について、もう一度逃げることなく向き合い、真摯に生きることを取り戻すきっかけになりうる本であると強く思う。
 珠玉の言葉が溢れて仕方がないのですあるが、死の2カ月前に綴られた次の箇所を引用させて戴くことで、私は筆を置くことにしようと思う。
 
役に立ってない、邪魔者、お世話になる存在、面倒をみてもらわなきゃならない自分。この気持ちに支配された時、こころもからだもやられていく。「できる」ことに価値を置く社会の中で、「存在する」ことに価値があるんだということを人に言ってきたのに、いざ自分のことになると「存在するだけで価値があるんだろうか?」と悩んでしまう自分が情けない。社会の価値観を否定しながら、無意識にその価値観で自分をも見ていた。恥ずかしい。できない自分、弱さを持った自分を見つめ、それを受け止めてもらえる存在との出会いを今求めている。(132頁)




Takapan
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