本

『愛されなくても別に』

ホンとの本

『愛されなくても別に』
武田綾乃
講談社文庫
\710+
2023.7.

 当然のことながら、作者を知ったのは「響け!ユーフォニアム」である。だが、そのエッセイ集を読んで、環境的に非常になじむものを感じたし、読ませる文章に魅力を感じたので、ひとつ小説を味わってみよう、と探してみた。
 小説なので筋書きは明かせないが、舞台はお知らせしてよいかと思う。大学生の宮田陽彩(ひいろ)の視点で綴られる作品で、作者得意の青春ものである。ユーフォニアムで見た純粋な世界の印象は、この物語では崩れてしまうかもしれない。だが考えてみれば、ユーフォニアムでも、心の底の錯綜した風景はあった。私はそういう、「こころ」を描く作品に魅力を覚える。
 ただ、本作は、与えられた環境が、あまりにも酷である。否、こうした学生も世の中には多々いるのだろう。しかし、陽彩は、それなりに人を信じていた中で、母親に裏切られた気持ちになり、家を飛び出す。この母親の生き方は、大人として私も肯けない。それくらい徹底して自己中心的でだらしない親というものが描かれている。キャラクターの色づけとしては、それでよいし、それくらいはっきりした方が、ラノベとしては分かりやすいのかもしれない。
 但し、本作はラノベと呼ぶにはちともったいない。事実、吉川英治文学新人賞を受賞している。主人公本人の不幸な生い立ちがまざまざと伝わってくる中で、ほんのささいなことで自分を不幸と呼び、主人公に自分の不幸が分かるか、と吠えるようなキャラクターも現れるし、同居する江永がまた訳ありの女子学生との何らかの共感もよく描かれている。数人の若者たちが登場するのだが、それぞれ不思議な事情を抱え、感情的に、正直な反応を呈してゆく。
 男の私だったら、そうはしないだろう、と思えるようなことが、どこか当たり前のように過ぎてゆくのは、性別の問題もあるし、世代的な感覚も当然あるだろう。私にしみじみ分かるような世界だったら、もうそれは若者の生活感とは違うものであるはずだ。だから、「そうなんだ」とこちらが学ばせてもらうようなつもりで、読んでゆく。非常に読みやすく、そこは作者の巧さとしか言いようがないのだろう。バランスもよいし、説明も適度に読者に届く。あまりにも露骨に書きすぎないが、その一歩手前くらいできちんと示してくる。読者には、考えさせず、感じさせる、といったところだろうか。
 言い遅れたが、陽彩をはじめとして、江永も、コンビニでバイトをしている。同じバイト仲間として、堀口という男子学生も登場する。陽彩は堀口が嫌いだ、とはっきり言っている。ずけずけとものを言い、何を言っても自分が正しいという路線にもってゆく。
 ただ、男の登場は、他には殆どないのだ。皆無とは言わないが、父親のほかは、役割をあまりもたない。そしてその中で頻繁に登場するのが、この堀口である。
 女子学生やその母親との関係、あるいはいざこざというのは、非常にスリリングによく描かれているし、そうした書き方ができる作家を羨ましく思う。けれども、ユーフォニアムのときにもそうだったが、殆どが女性心理のぶつかり合いなのである。ユーフォニアムの吹奏楽部には、もちろん男子高校生も多数いる。指揮者も男性として絡んでくるのだが、男性心理は、比較的単純なのである。変化や探り合いのようなものが展開しない。そして、本作でも、男性心理は、比較的平板なのだ。ひとつの心の向きしか持ち合わせていない。ほかの作品を知るわけではないので、偉そうに言えはしないのだが、この辺りは、作者のこれからの課題であるかもしれない。
 この物語は、作者が結婚する前の作品である。もしかすると、その後の新生活の中で、変化があるかもしれない、と期待してみたい。
 なお、ここでは2020年の東京オリンピックへの眼差しが、ひとつの隠れたモチーフになっている。そして、それが延期になったことについては、微塵も触れられていない。さて、パンデミックの世界になったとき、陽彩や江永は、どんなふうになったのだろう。それとの絡みを、読んでみたい気もする。




Takapan
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