本

『コロナ後の世界を生きる』

ホンとの本

『コロナ後の世界を生きる』
村上陽一郎編
岩波新書1840
\900+
2020.7.

 2020年7月の出版であるから、政府の緊急事態宣言が解かれた直後の6月初めあたりの情報までしか含まないのは仕方がない。副題に「私たちの提言」とあるとおり、24名の寄せた原稿が集められた新書である。キリスト者の科学哲学者であり、かねてから感染症についての書物もいくつか出版している、村上陽一郎氏の編集という形で、様々な立場からの視点が紹介されている。
 ウイルスは歴史上、度々私たちの前に現れている。そして歴史の表舞台に出て来ないが、政治や文化の変遷に大きな影響を与えていることは間違いない。そしてこの新型コロナウイルス感染症によっても、世界経済は大きな打撃を受けたし、特に欧米社会にショックをもたらした。ただ日本では、本書の発行時には、第二波とも言われていたが、その前は一時穏やかなふうに見えたし、欧米ほどの深刻さはないように見受けられる。けれども、どうしてよいか前例のない自体に右往左往し、政府も慌てふためいているような面があり、またその実、冷静に事態を読もうとして対処しているという側面もあるはずと思われる。本書は、様々な点から新型コロナウイルス感染症のもとにある2020年の春の情況から読みとれるものを、一人平均10頁余りという分量の中で、それぞれに伝えてくれている。
 その一つひとつをここでまとめるようなことは遠慮させて戴く。岩波新書であるから、政府にむしろ抗うような姿勢であることを予想する方もいるだろうが、これは全人類的な危機におけるオピニオンであるから、イデオロギーの対決や攻防を演じる場ではない。なにも政治への不満をここでぶちまけようとしているわけではないのだ。
 また、「コロナ後」などと、いままさに苦悩している内部にいるのに、後のことなどを考えるのはいい気なものだ、と考える方もいるかもしれない。日に日に報道される数字や情況には、人々はうろたえるしかないとも言えるが、本書の中にもあったように、現場での第一なる事実の場面での情報は、テレビでああだこうだと言い合っているのとは全く違うものばかりがある、というのも本当だろうと思いう。どんなに良心から情報を加工したり広めたりしようとしたとしても、現場とはだいぶかけ離れたものになってしまうのは仕方がないのでしょう。
 医療の現場について余りに無頓着なご意見番も世には多々見られる。SNSでは、聞き知ったことを、自分がさも新しい情報を得たから拡散しなければという義務感に駆られてか、訳知り顔で、尤もらしく引用するのだが、明らかなデマすら喜んで拡散している人は絶えないし、真偽のほどが分からないことを、確定したことのように広める人もいる。これが情報ソースとして著名な立場にあったら、大阪府知事のように、特定の商品関係を薬局から品切れにさせて、必要な人や医療機関を危機に陥れるということも平気でやってのけてしまうことになる。政治家として情報の与える影響を知らないでは済まされない故、これはもう資質の問題であるのだろうが、
 医療従事者に配慮していると自負しながらも、実際にそこにいない人や現実に医療従事者と接していないような人が、見てきたように言い放つと、言い方はきついが、誤った情報を拡散する迷惑行為ばかりしていることになる。著名なクリスチャンもまた、それをしている。
 本書は、様々な専門家が、様々な領域で言えることを、冷静に分析し、言葉を選んで、執筆しているように見受けられる。それぞれの責任の中で、それぞれの立場から見える景色をレポートしており、また推察している。しかしどれか一つが正しい、などということを決める必要はないし、どれが正しいか、と議論する必要もないと思われる。どれもが、叡智ある人々の誠実な声であり、私たちはそれらを比較検討し、また自身の行動や考えの指針として取り入れたらよい。このようにして、沢山の「外からの」声を、私たちはもっと聴く必要があるのではないか。テレビの画一的な、しかしどこか無責任な声を、それが正しいと思わされてしまっているような生活でなく、もっと多面的に、しかしそれなりに信頼の置ける立場からの言葉を、いろいろ受け止めていくことが望ましいのではないだろうか。
 と、少しも内容のご紹介にはなっていないから、ひとつ、私は多和田葉子さんの文章が、やけに心に残った、ということだけは最後に申し添えておこう。芥川賞受賞作家であるが、ドイツ文学博士でもあり、ドイツ永住権を取得し長くドイツで暮らしている人である。そこで見た新型コロナウイルスの蔓延するこの世界、女性をリーダーとする国がこの感染症を、解決とまではいかないかもしれないが、非常に良い結果を生む傾向にあるのだという。そして最後には、ウイルスへの一種の敬意すら払いながら、人類がこれを乗り越える希望へとつないでいる。被害を受けている多数の方々からすれば、のんびりとした、人の気も知らないいい気な意見だと受け止められかねないと懸念するが、これは日本とは格段に違う死者を出している国に住む人からの希望である。まずは聞こうではないか。被害甚大のヨーロッパからの視点は、雑音の多い日本において聞くに、ひとつの価値があるものと考えてはならないだろうか。
 もちろん、その他の文章にも、それぞれに味わいと発見がある。良質の、オピニオン集として、手にとって無駄になることはないと感じている。




Takapan
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