本

『アブズカ』

ホンとの本

『アブズカ』
レフ・トルストイ
ふみ子・デイヴィス訳
ナターリヤ・トルスタヤ絵
未知谷
\1400+
2018.2.

 文豪トルストイの子孫がこの本の絵を描いている。その人と知り合った、福岡出身でモスクワ生活をしていた訳者が、本書のことを知り訳出する運びになったのだという。
 本書はトルストイの本である。2018年がトルストイ生誕190年であることを機に出版することになったというが、なんとこれは教科書であるという。初等教科書としてトルストイが独自に完成し、後に認定されて立派に教科書として通用したのだという。現代日本では想像しがたいが、そういうことがあったらしい。
 タイトルになっている「アズブカ」は、日本語でいえば「いろは」のようなものであるという。もののはじめを意味するが、ここには、文章が多々収められている。短い物語で、国語の教科書として機能するのであろうが、トルストイが集めた、あるいは自らつくった物語や実話だろうか、そうした子どもが読む読み物が並んでいる。
 しかし、である。私の感覚では、よく分からない。イソップ物語のようでもあるが、そこに何か教訓があるのかというと、よく分からない。イソップ物語のように、教訓を付しているのではないから分からないが、教訓を添えようと思えばできないことはない。しかし、子どもにそんな知恵を振りまくだろうか、という気になることが度々である。
 とにかく残酷なのである。最初が、「亀と鷲」。亀が鷲に、飛ぶ方法を尋ねる。鷲は無視していたが、亀がしつこく尋ねるので、鷲は亀を掴んで空高く舞い上がり、亀を落とした。亀は砕け死んだ。これだけの話である。教科書を開いてまずこれを見た子どもは、いったいどう思うだろうか。聖書には、しつこく神に尋ね求めたら祈りを聞いてくれるという話はあるが、しつこく尋ねたら殺されるというのは、いったい何を教えてくれるのだろう。
 これは何も特別な例ではない。ある家にいたロバが馬に、荷物を手伝ってくれと頼んだが聞いてくれないためロバが死んだ。主人は、ロバの荷物を全部馬に載せ、しかも剥がしたロバの皮も馬に担がせた。馬は、手伝わなかったので俺はこんな哀れな目に遭ってしまったと嘆いたという。それだけの話もある。
 後半は、トルストイの作か、新聞などで聞いた話なのか、人間が主役の出来事が少しだけ長く綴られているが、時に感心する話もあるものの、それがどうしたというふうに思われるものが少なくない。私の感覚では、小さな子どもに聞かせる話ばかりだとは思えないのだ。
 つまりは、教育観や価値観が違うのであろう。これがかの地で教科書として認められたということの中に、そのような文化の違いを想定せざるをえない。
 トルストイは、後半生に回心を経験し、キリスト教に没頭し、福音的な物語も著しているが、この教科書は44歳、それより10年ほど前の頃の作品である。そして、この少し前の時期に、ある年譜によると、悪夢に襲われ「自分が死すべき存在」であることを痛感したとされている。本書はその時期に編集されているということになる。さて、それが何か関係があるのかないのか、そんなことを詮索するつもりはないが、どうにも不思議な感覚で読み終わったということだけはお伝えできるかと思う。しかしその意味では、なかなかお目にかかれない内容の、珍しい本である。関心をもたれる方もいらっしゃるのではないだろうか。




Takapan
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